ベトナムの日本人/長谷部太さん/長崎大学熱帯医学研究所ベトナム拠点教授

ラボでのウイルス分析にとどまらずフィールドへ 人間とコウモリの接触にひそむ感染リスクを追究

japanese_1509_IMG_9813 「ベトナムでは、コウモリは幸福を呼び込む縁起のよい生き物とされ、建物や植木鉢の装飾にも用いられますが、実は、未知の病原体とコウモリが共生している可能性があります」。 アフリカやアジアで感染症の研究を続け、ベトナムでは8年間、国立衛生疫学研究所(NIHE;National Institute of Hygiene and Epidemiology)内の長崎大学熱帯医学研究所新興・再興感染症臨床疫学拠点で、コウモリと新興ウイルスの調査をしてきた長谷部太さん。日頃のお茶目な人柄から、ベトナム人の研究仲間に「チュオイ(バナナ)さん」と呼ばれているが、研究の話となると、落ち着いた語り口になる。 「2000年前後にアジアで大流行したSARSやニパウイルスは、コウモリが自然宿主として注目されました。通常はコウモリからヒトへの直接感染はありませんが、ハクビシンやブタなどの増幅動物を経てヒトに感染します」。 世界中に分布するコウモリ類は、ネズミ類の次に種の多い哺乳類で、種数は約1200種、哺乳類全体の20%が報告され、ベトナムにも食虫コウモリやフルーツコウモリなど様々な種が生息している。長谷部さんは、そのコウモリに着目し、北部の洞窟や、南部のソックチャン(Soc Trang)省にあるコウモリが集まる寺など、ベトナム全土で捕獲したコウモリの血液や尿を採取・分析。ニパウイルスの近縁ウイルスや、新種のαヘルペスウイルスなどを発見した。 さらに、感染リスクのフィールド調査も重要だ。ベトナムではコウモリの肉や血が、マラリアやぜんそくなどに効くとされ、地方にはコウモリの捕獲を専門とするハンターがいる。長谷部さんは、そのコウモリハンターに同行して捕獲方法を調べ、レストランでの調理方法なども報告している。 「ハンターは、木に留まっているフルーツコウモリを真下から、専用の道具で捕獲するのですが、排泄物が落ちてきたり、素手を噛まれたりひっかかれたりして、直接コウモリの体液に触れる可能性があります。また、自宅でコウモリをさばくすぐ横に、ペットのハクビシンがいることもあるんです」。 当然、一般のベトナム人にそのリスクはほとんど知られていない。同行している長谷部さん自身もコウモリの排泄物を落とされるなど、感染の危険がないとは決して言えないが、「ラボで研究するだけでなく、フィールドに出られるので幸せです。近くで見るとコウモリは結構かわいいんですよ」と、どこか飄々とした様子。過去に調査先のフィリピンでデング熱に感染、発症した時も、「誕生日の1週間後だったので、神様からの贈り物かと思いました」と、自分の血液や出血斑のサンプルを毎日採っていたというから、並外れた探究心だ。 コウモリの研究がひと段落した今年からは、デング熱の研究に本腰を入れ、ハノイと比べ圧倒的に患者数が多いホーチミン市の小児病院に、頻繁に足を運ぶ。目下の課題は、デング熱が重症化するメカニズムの解明と、発症を抑えるワクチンの開発だ。新たなフィールドが彼を待っている。
長谷部太 はせべふとし 山形県生まれ。医学博士。獣医学修士。1986年にザンビア共和国に渡り、獣医学部の助手をしながらアフリカ各地で様々な感染症研究者と縁を結ぶ。1993年から長崎大学熱帯医学研究所に勤務。2007年よりベトナムで蚊媒介性ウイルスやコウモリ由来の新興感染症の疫学調査を行う。
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