ヴィジュアル☆ベトナム/目で見えないもの/THINGS THAT YOU CANNOT SEE

Teen girl with sandwichPhoto©iStock.com / Suehajdu visual友人のアパートの6階から下を見ていて、通りを歩く男性の姿にがくぜんとした。場所はサイゴンの3区。政府と関連がある区域のため、他とは違って道路は清潔で整然としており、オートバイや屋台などはない。さらにその男性はブラブラと歩いていて、独りだった。私は遥か遠い記憶の場所へと思いを馳せていた。 後に痛感したのだが、私はこういうものが非常に懐かしかった。洪水のように恋しい光景が浮かぶ中、最も強烈なのは公共の場での愛情表現だ。年齢に関係なく手をつないで散歩するカップル、男性の膝に座っておしゃべりする女性、そしてもちろん、キス! 別れの挨拶の軽いキスや、情熱あらわな口づけ。以前、国際的空間の中でも、恐らく最も国際的なバンコクの空港にいた時、キスを交わすカップルを見て私は思わず赤面してしまった。だが、なぜ? 私が育った場所では全く普通のことなのに。さらに私のルーツであるトランシルヴァニア地方では、街角や公園のベンチで若者が辺り構わずキスしているのをよく見かける。 多くのベトナム人、そして恐らく日本人が、そんな愛情表現を不快とは言わずとも、不謹慎だと捉えるだろう。成長過程で身の回りで目にしたものは、見ても安心なものに大きく影響する。オーストラリアでの若者時代に私が好ましく思い、アジア人にとって不快となりえるものは数多くある。ビーチで日焼けをするTバックの女性、ピンク色やドレッドロックの髪型、金属をぶら下げたパンクなど。 私がベトナムに長く住む日本人だったら、視覚的に恋しいものは何か? 恐らく桜や紅葉ではない。昭和期の横町かもしれない。横町の安っぽいビルと小さな酒場、路地の組み合わせは、私にとって典型的な日本らしい町並みだ。 恋しい気持ちは繊細で、感情と深くつながっている。ベトナムでごくたまに、丁寧に手入れされた前庭のある平屋を見かけると、私は地元に帰ったかのように寛ぎ守られている気持ちになる。家の中にある暖炉は、暖かさと安心の象徴だ。ダラットやバオロックでそんな家を目にすると懐かしさを覚えるのと同時に、コンクリートの路地に狭い3階建ての家々がすし詰めになっている普段の光景に、実は違和感を覚えていたことに気づくのだ。 だからといって、ベトナムを離れている間に懐かしく思い出す光景がない訳ではない。だが最も恋しい光景は、姿を消してしまった。長くこの国に住む読者が私と同じような気持ちになるか、回想してみよう。夜中の路上にさりげなく現れる、ハンモックで寝る女性。着古して少しカビの生えた綿シャツ姿のシクロ運転手。ホテルの客室にかかった、瓶の色のような緑色のナイロン製カーテン。荷台に座って自転車をこぐ人々。骨を黒い革のような皮膚で包んだかのような、ベトナム人男性のガリガリの腕。逆さにアヒルをぶら下げて市街地を走るオートバイ…。
Sue Hajdu スー・ハイドゥー オーストラリア人文筆家、和英翻訳者、写真家。シドニー大学日本学の学士号、同大学院視覚芸術の修士号をもつ。 ベトナムと日本でアーティストとして15年ほど活動。 ウェブサイト:www.suehajdu.com
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