バナナは一番身近な作物
家の庭が畑なんだ

■写真
1.ベトナムには28種類ほどのバナナがあるとされ、チンさんの農園では、そのうち4種類のバナナが栽培されている。「バナナの木」とよく言われるが、厳密にはバナナは木ではなく、多年草の草木。茎の先にできる房は1本につき1つ。果実を収穫した後の木は伐採される。
2.フルーツとして生食されることの多いチュォイシエム(Chuoi Xiem)。日本でお馴染みのものより、ずんぐりとした形がかわいらしい。
3.コーヒー畑に植えられたバナナ。バナナの栽培だけでなく、果樹園や魚の養殖場など、他の作物のための日よけや防風林として植えられることも多い。
4.家を購入した際、バナナが生えた庭がついてきたというベンチェーのバナナ農家・トゥイ(Tran Thi Thu Thuy)さん(26歳)。冬瓜などを育てる傍ら、50本以上のバナナを栽培している。ベトナムで出回るバナナは大規模なプランテーションのほか、こうした家庭菜園で育てられたものも多いとか |
水田の緑の向こうに、少し背丈の高い薄緑色の茂みが揺れていた。ベトナム南部、メコンデルタの町ベンチェー(Ben Tre)には、数多くのバナナ農園が広がっている。特産であるココナッツとともに、扇のような葉を揺らし、その先端に緑色の豊かな房を重そうにつけ首をもたげたバナナの木が、いたるところで見かけられた。
そのひとつ、チン(Nguyen Xuan Chien)さん(59歳)の農園は、約30年にわたりバナナを栽培してきたバナナ農家。4ヘクタールの農地には、何百本というバナナが所狭しと植えられている。
「若いころ、なんとかお金を稼ごうとバナナ栽培を始めたんだ。芽が出てから収穫まで約6ヶ月。すぐに育つし、その後もどんどん生えてくるから、手間もかからず簡単なんだよ。なにせ元々その辺に生えていた植物だからね。元手はかからないし、ホーチミン市などの街へ売りに出せば、それなりの収入になったんだ。」
フィリピン、台湾、エクアドル、ペルー。日本人にも馴染み深い、世界有数のバナナの産地。しかし実はベトナムも、年間125万トン(*1)の生産量を有するバナナの産地なのだ。世界でバナナの生産を担っている主な地域は南北緯度30°内のバナナベルトと呼ばれる場所。そこに含まれるベトナムもまた、バナナが家の庭に生えている、そんな光景をごく普通に見ることができる。
「うちはバナナ専門の農家だけど、家の庭や田畑のあぜ道に植えられることも多いよ。ベトナム全土、たいていどこでもバナナが採れるけど、俺はメコンデルタ、特にベンチェーのものが1番だと思ってる。肥沃な土と豊富な水、ココナッツとおんなじさ。うまいココナッツが採れるってことは、バナナもうまいものが採れるんだ。」
そう語るチンさんだが、バナナの市場販売価格は安い。そこで近年では、バナナからより単価の高い他の作物へ転向する農家も増えているという。バナナの卸価格は1kg約2000ドン(約10円)。おおよそ1房がその値段で、ザボンなどと比べると、1/5程度の収入にしかならない。
「確かに最近は儲けが少なくなってきたけどね。でもバナナは実だけでなく、木自体が風から他の作物を守ってくれたりもするから、役に立つんだ。それに何より昔から、自宅で一緒に育ってきたようなものだからね。バナナは他の作物よりも、なんだか親しみがあるんだよ。」
ベンチェーのほか、カントー(Can Tho)、ティンザーン(Tien Giang)、ヴィンロン(Vinh Long)など、ベトナム南部の中でもメコンデルタ地域はとりわけバナナの栽培が盛ん。古くはマレー半島を中心とした東南アジアの湿潤地域で、4〜5万年前から栽培が始められたとされるバナナ。それが今もなお、人々のそばで変わらず育てられ続けている。
*1)2005年度、FAO(国連食糧農業機関)調べ |