道場の数だけある流派
ビンディンが誇る極意の継承者たち
フィー・ロン・ヴィン師範
Vo Su Phi Long Vinh
「下手すれば殺されるかもしれない
それでも戦うのが武道家ってもんだ」
氏族単位で受け継がれてきたビンディン武道。「流派」によって得意とする分野は異なるものの、たった1人の継承者だけにその極意が伝えられる伝統は今も変わっていない。
ビンディン省トゥイフオック(Tuy Phuoc)県。1953年生まれのフィー・ロン・ヴィン師範は、父から武術を教わった。今でも走りこみや基本の型の練習を欠かさない、現役の武道家だ。
「8歳からビンディン武道を始めて、18歳の時には指導も始めた。各地から学びにきたやつも多かったよ。武道で大切なのは体力と集中力。型を覚えるだけじゃだめだし、つらくても走りこみは体力づくりの基本だから避けられない。それに踊りじゃないんだから、気合を入れて本気でやること。これがこの道場の基本だ。
ベトナムは外国の支配を受けてきたから、敵はベトナム人より体が大きいことを想定している。だから戦う時は、1発で相手をしとめようなんて考えちゃいかん。いろんな技を組み合わせ、次々と攻撃を仕掛けていかないと、体の大きなやつは倒せない。絶えず動き続けて、隙があれば素早く正確に攻めることが大切だ。
これまで武道をやってきて実に様々なことがあったが、ベトナム戦争が終わるまでは生活が安定しなくて大変だった。爆撃で焼け出されて各地を転々として、1975年(ベトナム戦争終結)にやっとここに戻ってこられた。1970年頃にサイゴン(現ホーチミン市)で行われた武道大会で優勝したんだが、あの大会は危険極まりなかった。アメリカの兵隊が監視する中で、年齢・体重制限なしに乱取りをするんだ。本気だから、死人が出ることだってあった。しかも武道が下手だと見なされて、機嫌を損ねた兵隊にピストルで撃たれたやつもいた。それでも名誉ある大会だからね、武道家だったらやっぱり出場するしかないだろ。
この道場には20人の教え子がいて、小中学校でも教えているんだが、どっちも無料さ。だが武道家として続けていくのは実際、金銭的に大変だ。これが今一番の課題だね」。 |