正装の世界遺産
ホイアンはテトの初日を静かに終えようとしていた。日はすでに落ち、あたりには夕闇が迫り、中国寺院の提灯がほのかに灯る。撮らないわけにはいかない素敵な雰囲気が目の前にある。さらに正装をした老婆が門をくぐるというタイミングにわたしは何枚もシャッターを切った。
テトの化粧をほどこした古い町並み、正装した老婆。なんともフォトジェニックな要素がそろっているではないか。さすが、10年前から私が目をかけているだけのものを、ホイアンは持っていると感じる瞬間だ。
今やこの街は世界遺産に指定され、引きも切らずに内外の観光客を集めている。古い木造やフランス風の建物に混じって、コンクリート作りの家がちらほらとあるのは、町並みの価値が認識されていなかった時代に建てられたもの。しかし、世界遺産というタガがはめられたおかげで、外観上はこのままの姿を保つことになるだろう。そして、街の人々も大いに潤うに違いない。
でも、10年前を知る私にとっては、今のホイアンの姿をすんなり受け入れられない気持ちがある。通りに面した家は、ほんとんどなにかしら旅行者相手の店になり、なじみだったフォー屋もいつのまにか外国人向けのカフェになってしまった。郊外には大型のリゾートホテルが建ち並び、周辺道路の整備も進む。一個人の感情とは無縁に、ホイアンを巡る開発は急ピッチに進んでいるのが現実。半年に一度は訪れてるこの街。町並みの見掛けは変わらずとも、その中身の変化は止まらないであろうことに、ふと寂しさを覚える。
文・写真=福井隆也(ベトナム在住写真家の日々是撮影)
(ベトナムスケッチ2003年4月号) |