においがあってこそ
においのしないベトナムは嘘だと思う。女性誌で紹介されているベトナムを見ると無味乾燥で無臭なイメージを感じてしまう。でも、それではこの国はおもしろくない。ベトナムの第一歩、タンソンニャット空港に一歩降り立ったときにまとわりついてくるのは、むっとするような熱気とにおい。何度もこの地を訪れている私は、そんな香りを深く吸い込み、再びベトナムに戻ってきたことを実感する。
そのにおいの素をたどると市場に行き着く。肉や魚もここに置かれると異様な迫力を持つ。どうやって食すのかと考えてしまうような珍しい野菜や果物が所狭しと陳列され、さらにフォーやぶっかけ飯やデザートの屋台も無数に並ぶ。ベトナム中どこでも目にする光景だ。それらから発せられるにおいが渾然一体となって「ベトナムのにおい」の素を作り出しているわけだ。それは、お世辞にもかぐわしいといえるものではない。しかし、においがあってこそベトナムらしい、と私は思う。
テトを間近に控えたカントーの市場は、いつもとは違う殺気だった盛り上がりを見せていた。私は市場の片隅の屋台で小腹を満たしたものの、食材を買うわけでもなく居場所を失っていた。あまりの熱気とにおいにめまいを感じ、浮き足だって写真を撮ることもままならない。なんとか喧噪の場内から抜けだした私はようやく一息つく。市場から一歩引けば強烈なにおいも、香ばしい「ベトナムのにおい」になる。そして、私はゆっくりと落ち着いてシャッターを切る。
文・写真=福井隆也(ベトナム在住写真家の日々是撮影)
(ベトナムスケッチ2003年2月号) |