歴史を超えて残る、ハノイの古井戸を訪ねて

都市化が今もなお進むハノイには、その文化や歴史を刻み続けた古井戸が数多く残っている。あるものは史跡として、またあるものは今でも地域住民の生活に活用されている。今回はハノイの夏の風情を感じながら、いくつかの古井戸を紹介しよう。

世界遺産タンロン城跡で、1000年を超える時を見届けた古井戸群

タンロン城跡の古井戸
Gieng Co Hoang Thanh

©Le Bich

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今もいくつかの井戸には水が湧き、観光客が見学できるスポットとなっている。ナイトツアー（大人30万VND）では、英語の解説も対応可。さらに興味深い情報を得られる

城跡に残る26の古井戸が、歴代王朝の建築技術を今に伝える。2002年の発掘調査によると、最古の井戸は李太祖（Ly Thai To）が遷都する前、村落の井戸として7〜9世紀に造られたもの。11世紀の李朝時代で、煉瓦で泥の侵入を防ぐ仕様に改修された。陳朝ではヘリンボーン（魚の骨模様）状に堅牢な敷石が敷かれ、黎朝では石で井戸底と外周が補強されるなど、水質浄化にも配慮されていた。

Information

タンロン皇城／Hoang Thanh Thang Long

住所：19C Xuan Dieu St., Ba Dinh Dist.
電話：(024) 3734 5427
営業時間：（火～日曜）8:00～17:00、【ナイトツアー】（金・土曜）19:00～
休日：月曜

100年もの間、庶民の生活を支え、人と人をつないできた井戸

旧市街の井戸
Gieng Pho Co

©Le Bich

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幅4mほどのハンチー路地（Ngo Hang Chi）にある「井戸カフェ／Ca Phe Gieng」では、井戸のそばでお茶やコーヒーを楽しめる。ハノイっ子に人気の店だ

19世紀末に水道が整う前、ハノイの村人たちは、寺や教会などの近くにある井戸で生活用水を得ていた。その形状もレンガや石造りなど多様。正確な築造時期も不明な井戸は、都市化が進んだ今も路地奥に数多く残る。飲用や調理には不適だが、今も洗濯や、植物に水をあげる際などに使う高齢者も多い。古井戸のふたを閉めて小さな椅子を並べ、お茶を飲み、人々が集う憩いの場でもある。

Information

場所：ハノイ旧市街の各地
タムトゥオン路地（Ngo Tam Thuong）、ハンチー路地（Ngo Hang Chi）、フーズアン路地（Ngo Phu Doan）など

古代の亡国譚を語り継ぐ、伝説の井戸

仲始の井戸
Gieng Trong Thuy

©Ban Quan Ly Khu Di Tich Co Loa

©Ban Quan Ly Khu Di Tich Co Loa
ハノイ中心部から車で約40分の特別国家遺跡に指定されたコーロア（Co Loa）城跡内にある。ハノイ郊外にも多くの大きな井戸があり、それぞれ異なる伝説が残されている

紀元前の古代国家・アウラック（Au Lac／嫗駱）国の安陽王の娘・媚珠（My Chau）は南越国の王子・仲始（Trong Thuy）と政略結婚するが、仲始は王国の秘密兵器・神弩の引き金に細工して甌貉を攻め滅ぼす。敗走中、媚珠の裏切りを知った王は娘を首斬り、海に姿を消す。仲始は後悔の末、媚珠が水を汲んだ井戸に身を投じた。海で媚珠の血を吸った貝が生む真珠をこの井戸の水で洗うと、一層輝くとされる。

Information

コーロア城址／Thanh Co Loa

住所：Co Loa, Dong Anh Dist.
料金：【大人】3万VND、【生徒・学生・60歳以上】1万5000VND、【15歳未満の子ども】無料

神聖さと敬意を宿した、日常に息づく井戸

　電気や水道が整備される以前、ベトナム北部の村々では井戸が暮らしの中心にあった。水を汲み、洗濯し、炊事をする――日々の営みはすべてこの井戸から始まった。昼間に村の人々が集まって語らう場であり、夜には男女の出会いの場でもあったという。

　井戸は、単なる生活インフラではなく、土地神や祖先と結びついた神聖な場でもあった。井戸の水が枯れたり濁ったりすると、村に災いが訪れる兆しとされてきた。霊験あらたかな寺院の井戸は「玉の井／Gieng Ngoc」や「龍の目／Mat Rong」などと呼ばれ、祭礼や儀式で、その井戸水が聖水として使われた。

　また、北部の一部の村々では、水はすべての命の源とされ、新年に井戸水を汲む「水迎え」の習わしも今に残る。旧暦の大晦日の深夜、村人は井戸へ向かい、こぼさぬよう慎重に水を持ち帰る。こぼれると「福を逃す」と言われ、無事に持ち帰ることができれば、その年が実り多く穏やかであるようにという願いが込められている。