New 2024.10.02

【ベトナムの文化芸術を未来へつなぐ】グエン・ファン・チャン絵画保存修復プロジェクト・第2回

【ベトナムの文化芸術を未来へつなぐ】グエン・ファン・チャン絵画保存修復プロジェクト・第2回
ベトナム近代美術画家の1人、グエン・ファン・チャン。自宅に無造作に保存されていた絹絵をはじめとする作品は、日本人との縁をきっかけに16年の歳月をかけて16点の作品が本来の姿を取り戻した。今回はベトナム美術を専門とするキュレーター兼研究者で、国際競売会社サザビーズのベトナム代表でもあるエース・レー氏が、グエン・ファン・チャンの作品の魅力と国際的な評価について解説する。

『籾篩/Rê lúa』 水彩、絹 │ 1960年
グエン家蔵 ©Nguyen Nguyet Tu

作中の人物と同じ目線に立ち
人間そのものを描いた作家

ベトナム美術専門のキュレーター・研究者
エース・レー
Ace Le
ナンヤン工科大学で博物館学およびキュレーションと、メディア・コミュニケーションの2つの修士号を取得。「サザビーズ」のベトナム代表、非営利団体ランティン(Lân Tinh)財団の創設者、アート雑誌『アートレパブリックベトナム/Art Republik Vietnam』編集長。そのほかベトナム美術業界で作品の保護と普及について幅広く活動中。
絹絵画家グエン・ファン・チャンの作品は、国際オークションにおいて100万USD以上で落札されるほど評価が高い。だが画家としてのスタートは決して楽なものではなかった。

「グエン・ファン・チャンはインドシナ美術学校(École Supérieure des Beaux-Arts de l'Indochine)の第1期生として入学したとき、33歳でした。ベトナム国内でも極めて貧しい地域出身の彼は、ハノイで美術を学ぶためにお金を貯める必要があったのです」

美術学校の同期生たちは、だれもが裕福な家庭の出身だった。

「同級生たちは西洋風のスーツを身にまとい、上流階級の暮らしがうかがえる色彩豊かな作品を作りました。一方、グエン・ファン・チャンの服装は質素で、描くのは労働者たちでした」

美術学校は単に西洋の技術を広める場ではなく、アジアの技法を学ぶ環境だったという。
「入学してまず油絵を、さらに日本の版画や中国の水墨画も学びました。他の卒業生同様、グエン・ファン・チャンの卒業作品『民謡を歌う人/Người hát dân ca』も油絵でしたが、書や印章は絹絵の技法で書かれました。それが彼の絹絵への移行を表していると言えるでしょう」

とくに学校創立者の1人ヴィクトル・タルデュー(Victor Tardieu)により、上記の油絵と他の絹絵が「1931年パリ植民地博覧会」に出展されて以降、グエン・ファン・チャンの制作は絹絵に絞られた。

「絹絵を選んだのも、彼が大切にした出自と関係しています。油絵は、西洋的な表現方法であり、立体的で重い。一方、絹絵はより東洋的です。軽く、時間内に仕上げなければ色が流れてしまうため、専門知識と技術が必要でした。絹絵制作においては、西洋的な構図や、版画のような一色に塗られたブロック、水墨画のような背景など、あらゆる技術が駆使されています」

卒業後は教職に就けず、絵描きとして暮らしたが、フランスが撤退した1954年以降は、革命政府に重宝された。それ以降の作風には社会主義リアリズムが見られるようになった。

「ベトナムが豊かになり、オークションではベトナム人作家の作品がベトナム人に買い戻され始めています。一方、国内では美術史を学ぶ機会は限定的な上、グエン・ファン・チャンの作品の修復には高い技術が必要です。当時を知る人たちが高齢となった今、ベトナム近代美術作品の保護は、喫緊の課題だと捉えています」

『サナム市場へ行く/Chợ Sa Nam』
鉛筆、紙│1935年│グエン家蔵 ©Nguyen Nguyet Tu

『旱魃に備える/Chống hạn』
水彩・墨・インク、紙 │1954年
三谷産業株式会社蔵

絹絵画家
グエン・ファン・チャン
Nguyễn Phan Chánh(阮潘正)
1892.7.21~1984.11.22
ベトナム・ハーティン(Hà Tĩnh)省生まれ。ベトナム近代美術のパイオニアの1人で、近代絹絵の創始者。1925年ハノイに設立されたインドシナ美術学校の第1期生であり、西洋の造形技法と東洋の平面的な画法を組み合わせた「ベトナム近代絹絵」という全く新しい技法を開拓した。ベトナムの農村に生きる人々の日常をやさしい視点で見つめ、柔らかな色調で描く。

蘇った作品を、より多くの人に見てもらいたい

三谷産業株式会社 特別参与
三谷充
 グエン・ファン・チャンがインドシナ美術大学に入学したとき、彼は33歳だったそうです。当初は油絵を描き、その後は、絹絵に転向して評価されるようになりました。作品のテーマは家族。それが北爆で知り合いの多くを失って筆を折ったそうです。
 三谷産業は1994年にベトナムでの事業を開始しました。2010年に保存修復の支援を依頼され、ベトナムへの恩返しの意味を込めてこの事業を始めました。財団を設立後、修復作品4点をお見せしたときに、長女グエット・トゥさんが「もっといろんな人に見てほしい」とおっしゃった。美術品の輸出入や展覧会の開催は容易ではありませんが、その思いを受け継ぎ、より多くのベトナムの人たちにも作品に触れていただける機会をつくりたいと思っています。

公益財団法人 三谷文化芸術保護情報発信事業財団
MITANI Foundation for Protection of Cultural and Artistic Properties

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