2024.08.02

ズイ・ヴァンが紐解くお化けの話「ベトナム妖怪図鑑/Ma Quỷ Dân Gian Ký」

ズイ・ヴァンが紐解くお化けの話「ベトナム妖怪図鑑/Ma Quỷ Dân Gian Ký」
日本の民話や昔話のように、ベトナムにも妖怪(Ma Quỷ/魔鬼)にまつわる物話が多くある。本著ではアートディレクター、ズイ・ヴァンが多くの資料をもとに、ベトナムで語り継がれてきた様々な妖怪について、その成り立ちや意図、対処法などをカラフルなイラストとともに詳しく解説している。

原題:Ma Quỷ Dân Gian Ký
著者:ズイ・ヴァン(Duy Văn)
制作:リンランブックス(Công Ty Cổ Phần Văn Hóa Và Truyền Thông Linh Lan)
発行:作家協会出版社(Nhà Xuất Bản Hội Nhà Văn) 
発行年:(1巻)2022年、(2巻)2023年
価格:(1巻)268,000vnd、(2巻)298,000vnd
目次

子どもの頃に聞いた怖い話は
先人からの大切なメッセージ

イラストと文章でベトナム妖怪を紹介する『ベトナム妖怪図鑑』の著者ズイ・ヴァンさんは、ホラー映画制作会社のアートディレクターでありイラストレーター。「おばけが怖く一人でいるのが嫌いなのに、いつしかその怖さに魅了された」と語る。

Duy Văn
ズイ・ヴァン

『ベトナム妖怪図鑑/Ma Quỷ Dân Gian Ký』著者
本名ヴァン・コン・ズイ(Văn Công Duy)。ホラー映画制作会社プロダクションQ(ProductionQ)のアートディレクター。ホーチミン市建築大学で産業美術を専攻し、制作会社で広告デザインに従事した後、イラストレーターに転向。ベトナムの妖怪を題材にしたイラストで知られる。

ベトナムの妖怪は恐怖の対象

ベトナム人は古来から自然現象など「説明の難しい現象」を受け入れるために多くの霊的な力を創造してきました。その一部が妖怪です。泣きわめく子どもを連れて行ったり、川に引きずり込んだりする妖怪の怖い話は、文化や生活習慣と密接な関わりがあり、先祖の知恵の大切さを教えてくれる役割を果たしています。人々が悪習に陥らないように忠告し、善行と美徳の方向に導く存在でもあります。

ベトナムの妖怪は「一本足の妖怪」「酔いどれ幽霊」「赤い服と長い髪の幽霊」など、シンプルな呼び名が特徴です。見た目や恐ろしさの度合いに応じて「亡霊/Vong」、「魔/Ma」、「鬼/Quỷ」、「精霊/Tinh」、「怪物/Quái」などの言葉が付くので、名前を聞けばその姿をたやすく想像できます。

伝統版画の手法を取り入れたイラスト

妖怪に関する文献は非常に限られており、イラスト制作では、口承民話を踏まえた上で想像力を働かせる必要がありました。自分の作画スタイルを確立するのには試行錯誤の連続でした。線画からマンガまで国内外の作品からポーズや構図を学びました。同時にベトナムのドンホー(Đông Hồ)版画やハンチョン(Hàng Trống)画の要素を、とくに顔の特徴や目の形に取り入れています。

ベトナム文化の物語は自国の芸術に基づいて表現されるべきであり、人々の共感を得やすいと考えたためです。すこしユーモラスかつ明るいトーンで、ベトナムらしい妖怪の個性を伝えたいと思いました。

目指すのは『ゲゲゲの鬼太郎』のような存在

私は日本の作品が好きで、とくに水木しげるさんの人生物語と妖怪を題材にしたマンガ作品に大きな感銘を受けました。中でも『ゲゲゲの鬼太郎』のキャラクターは、日本らしいイラストと古典的な妖怪の描き方にユーモアを加えたスタイルが素晴らしいですね。ベトナムの妖怪を多くの人々に伝えたい私にとって学ぶべき模範です。ほかにホラーショートアニメ『闇芝居』や伊藤潤二さんの作品に関心があります。

日本のみなさんにベトナムの妖怪の面白さと奥深さが伝われば嬉しく思います。『ベトナム妖怪図鑑』をぜひ応援してください。

ズイ・ヴァンさんが選ぶ三妖怪

【マーヴーザーイ】
Ma Vú Dài
長乳の鬼女
戦争で子どもを失った女性の魂から生まれた妖怪。長い胸を持ち、自分の子どもを探して夜の荒れ地をさまよい歩き、捕まると「授乳」させられる

【クイーニャップチャン】
Quỷ Nhập Tràng
床入り鬼(鬼入床)
死期の近づいた老人などの体に入り、乗り移られた人は突然元気になる。食欲が異常に増し、朝は遅くまで眠り、夜にはより活発になり、妖怪と交わり、周辺の動物や子どもたちを食べることがある

【タンチュン】
Thẩn Trùng
死神
赤い嘴をもつ鳥のような姿で、まだ墓の周りをさまよっている死者の魂を拷問する。名前や家族構成などを白状させ、死者の家族の魂を捕える。新しい墓からは夜中に「お父さん、お母さん」と泣き叫ぶ声が聞こえるという

『ベトナム妖怪図鑑』で出会える妖怪たち

地獄行きを逃れて老犬に乗りうつる

【チョードイノンメー】
Chó Đội Nón Mê
やぶれ笠をかぶった犬
ぼろぼろの編み笠をかぶり、杖を持ち、後ろ足で満月の夜に屋根の上を歩いていく犬の妖怪。戦いで命を落とした人の魂が、寿命が尽きようとしている老犬の体に入り、家禽・家畜を食らう。この妖怪を目にすると家族に死者が出る前兆だとされる。

財産を守るために家で飼われる

【マーガー】
Ma Gà
鶏の血をすする霊
主に北部山岳地帯や中央高原のタイー(Tày)族やヌン(Nùng)族の間で広く伝わる霊。祝い事や宴会の際には、霊が同意すればすべてが順調に進む。飼い主は毎月、生きた鶏を供えなければならない。これを怠ると、地域の誰か、場合によっては家主自身が犠牲になることもある。

水中にすみ溺死させる幽霊

【マーザー】
Ma Da
水死の幽霊
溺死した人の怨念から生まれ、水中に住む幽霊の一種。とくにメコンデルタの洪水の時期に多く現れる。ぬるぬるとした青灰色で、通常は群れで移動する。ある地域では、川に住む悪魔の水兵(陰兵)とされ、兵隊の数を保つため定期的に人を捕まえると信じられている。

財産を守り、運を呼び込む

【マーソー】
Ma Xó
家の守護霊
道端で亡くなったり行き倒れた放浪者の魂に由来する霊。家主の配偶者探しや子育てを助け、不在の際には財産を守ってくれる。3世代にわたって飼うと、主人が新しい霊を迎え入れたときに元いた霊は徳を積み、成仏できる。成仏できないと「鬼」となり家主に害を及ぼす。

人喰い虎と、食われた魂

【ホーサム・マーチャイン】
Hô̓ Xám-Ma Trành
灰色毛妖虎・妖虎の奴隷
人間を100人を食べて毛が灰色に変わった虎は「灰色様/Ông Xám」と呼ばれる妖怪となり、数百年も生きる。耳の赤い斑点は、食べられた魂の数を表す。妖虎に食い殺された人は奴隷の幽霊となり、代わりになる幽霊を見つけるか、その妖虎が死ぬまで成仏できない。

非業の死を迎えた皇后の物語

【ホアンハウホンダウ】
Hoàng Hậu Không Đầu
首なし皇后
首を失って亡くなった人々の怨念から生まれた霊は、自分の頭を探し求めてさまよう。メコンデルタ発祥の伝統歌劇カーイルオン(Cải Lương)の人気演目『首なし皇后/Hoàng Hậu Không Đầu』が有名で、冤罪で処刑された皇后が、首のない体で毎晩子どもを抱いて「店主さん、牛乳をください」と頼みにくる。