2024.11.02

【ベトナムの文化芸術を未来へつなぐ】グエン・ファン・チャン絵画保存修復プロジェクト・第3回

【ベトナムの文化芸術を未来へつなぐ】グエン・ファン・チャン絵画保存修復プロジェクト・第3回
『家鴨の世話/Chăn vịt』 
水彩、絹│1971年│グエン家所蔵
©Nguyen Nguyet Tu

すべてを絵画への愛にささげた画家の
日常生活に向けた温かいまなざし

ベトナム近代絹絵の生みの親であり代表的な画家の一人、グエン・ファン・チャン。自宅に無造作に保存されていた絹絵をはじめとする作品は、長女でジャーナリスト・作家のグエット・トゥ氏が、この絵画保存修復プロジェクトの発起人となった中村勤氏と出会い、その修復を依頼したことで本来の姿を取り戻した。グエット・トゥ氏が大切にしてきた作品にまつわる物語を長男グエン・タン氏に聞いた。

『かくれんぼ/Trốn tìm』 
水彩・墨、絹│1939年│グエン家所蔵 ©Nguyen Nguyet Tu

グエン・ファン・チャンの長女グエット・トゥ(Nguyệt Tú)氏とその家族は長年にわたり、残された絵画の修復と保存に心を寄せていたが、その願いを託す相手を見つけることができずにいた。

「2008年に、グエン・ファン・チャンの作品の所有者を探していた中村勤さんと出会い、そこから絵画保存修復家の岩井希久子氏、通訳のファム・ティ・ミ・ハン(Phạm Thị Mỹ Hạnh)氏、三谷産業の三谷充氏とのご縁をいただきました。日本側の惜しみない努力のおかげで、絹絵3作品『牛に乗って川を渡る』『薪を取りに行く』『船を燻す』が修復され、2011年に金沢21世紀美術館に展示されたのです」

タン氏は母親とともに金沢21世紀美術館を訪れ、修復された作品に再会した。
「『これこそが父の絵よ』と母は感嘆していました。構図や色彩がほぼ元の状態に戻っただけでなく、作品が持つ魂や精神までも見事に蘇っていたのです」

タン氏自身にも、祖父の14㎡ほどの狭いアトリエによく遊びに行った個人的な思い出がある。

「祖父が上半身裸で木のベッドの上に座り、真剣に絵を描いている姿をよく覚えています。大学生の頃、祖父に呼ばれてアトリエに行きました。前夜にアヒルの番人の夢を見たらしく、そのアヒルの群れの風景をどうしても描きたいと言いました。羽ばたく様子を描写するため、私はアヒルをずっと押さえている役を務めました。そのようにして『家鴨の世話』の作品作りに関わったことが、祖父との忘れがたい思い出となりました」

白いアオザイ姿の二人の女性が描かれた『かくれんぼ』は、グエット・トゥ氏がモデルとなっている。

「母は当時15~16歳。ある時、もう1人の女性は私が小学校2年生の時の地理教師ファット(Phát)先生だと気付いたんです。それで先生を自宅に招待して、二人を引き合わせました」

グエット・トゥ氏は2024年9月6日、数え年100歳でその生涯に幕を閉じた。

「母の遺志を引き継ぎ、家族の一員として作品を守り、さらに多くの人々に届ける責任があると感じています。当時の生活や情景を記録した芸術作品は、まるで過去にタイムスリップしたかのような感覚を味わわせてくれます。ぜひ、若い世代の方たちにも作品を見ていただきたいですね。グエン・ファン・チャンが、納得のいく色が出るまで何十回も『描いては流す』を繰り返したように、粘り強く生き、働き、何をするにも小さなことから集中して取り組むことの大切さを知ってほしいと思います」

撮影/増田慎平 (rosso PHOTOHOUSE)

グエン・クアン・タン
Nguyễn Quang Thắng
グエン・ファン・チャンの長女グエット・トゥ氏の長男。ハノイ工科大学卒業後、旧チェコスロバキアで半導体チップ設計を学び、博士号を取得した後、欧州で10年以上を過ごす。帰国後はビジネスに携わり、ソフトスキル指導と著述も行う。

絹絵画家
グエン・ファン・チャン(阮潘正)
Nguyễn Phan Chánh

1892年7月21日~1984年11月22日
ベトナム・ハーティン(Hà Tĩnh)省生まれ。ベトナム近代美術のパイオニアの1人で、近代絹絵の創始者。1925年ハノイに設立されたインドシナ美術学校の第1期生であり、西洋の造形技法と東洋の平面的な画法を組み合わせた「ベトナム近代絹絵」という全く新しい技法を開拓した。ベトナムの農村に生きる人々の日常をやさしい視点で見つめ、柔らかな色調で描く。

グエン・ファン・チャン絵画保存修復プロジェクト

グエン・ファン・チャンの長女グエット・トゥ氏より依頼を受け、傷みが進んでいた作品の修復・保存とデジタル化を実現させたプロジェクト。専門家たちと先進技術をもつ企業らが知恵と技術を結集し、16年をかけて16作品が修復・保存された。作品に込められた温かいまなざしを次の世代につなぐべく、引き続き修復・保存と情報発信を行っている。

公益財団法人 三谷文化芸術保護情報発信事業財団
MITANI Foundation for Protection of Cultural and Artistic Properties

〒920-0856 石川県金沢市昭和町16-1
ウェブサイト: https://mitani-pcap.jp/project/activity