#34 Đường Sương Nguyệt Anh/スオングエットアイン通り

ベトナム全国の通りには、歴史上の出来事や重要人物の名前などがつけられている。よく耳にする通り名の意味や由来について紹介

Suong Nguyet Anh 1

女性の社会進出をリードした ベトナム初の女性編集長

スオン・グエット・アイン(Suong Nguyet Anh、1864年~1922年)は、フランス植民地時代の詩人で、ベトナム初の女性向け新聞『ヌーゾーイチュン/Nu Gioi Chung/女界鐘』を発行した女性編集長。ベンチェー(Ben Tre)省バーチー(Ba Tri)県アンドゥック(An Duc)村生まれ。父は19世紀後半のベトナム南部で最も偉大な詩人として知られるグエン・ディン・チエウ(Nguyen Dinh Chieu)で、父から漢字とベトナム独自の文字「チュノム/Chu Nom」を学んだ。 結婚し娘を授かったが、娘が2歳のときに夫が死去。以来、女手一つで生計を立てるため、漢字を教える学校を開き、ペンネームを「未亡人のグエット・アイン」の意味を込めて「スオン・グエット・アイン」とした。1906年~1908年には、ファン・ボイ・チャウ(Phan Boi Chau)によるベトナム人青年を日本に留学させる「ドンズー(Dong Du/東遊)運動」に同調し、寄付を募るなどで支援した。 1917年、『ヌーゾーイチュン』の編集長に招かれ、翌年2月1日に創刊。編集部は現在のホーチミン市1区グエンズー(Nguyen Du)通り15番地に置かれた。新聞は、工業・農業・商業および社会における女性の役割の強化を奨励するもので、社会理論や文芸、家政、職業訓練など様々なテーマを盛り込んで週刊で発行された。 しかし、新聞はフランスの反感を買い、創刊から5ヶ月後に廃刊。時を同じくして、子どもを生んだばかりの一人娘も病気で死去した。両親も夫も娘も亡くした彼女は、目に痛みを感じるようになり、程なくして両目の視力を失ってしまう。体も弱っていく中、投薬を続けながら教育と詩の創作に力を注いだが、1922年に58歳で死去した。 石井 彩子 元ベトナム考古学徒。考古学はライフワーク。日々、どローカルなベトナムライフを満喫中。
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