ベトナムの日本人/尾島祥吾さん/ボクシングトレーナー

燃え尽きられなかった男がベトナム人に託す夢 初の日本プロボクサーとチャンピオンの誕生を目指す!

OLYMPUS DIGITAL CAMERA  2014年6月、27歳で左こぶしのけがを理由に引退した元プロボクサーの尾島祥吾さん。2015年1月から、ホーチミン市の日系ボクシングジムでトレーナーとして活動している。引退直後は、「地元に帰ってボクシングとは関わりのない仕事に就こうと考えていました。志半ばでしたから、完全燃焼できなかったという未練を断ち切りたくて」。そんな折、所属していたジムの会長から「ベトナムで選手を育ててみないか」と声がかかる。「自分が叶えられなかった夢を誰かに託す。そういう道もある」と決意し、指導者として再びボクシングと向き合うことになった。 日本ではメジャーなボクシングだが、ベトナムでの認知度は低い。日本のようなプロ制度はなく、競技人口も少ないのが現実だ。そんなベトナムのボクシング界に対し、尾島さんらジムが掲げる目標は、「ベトナム人の中から、初の日本のプロライセンス取得者を育て、チャンピオンとして凱旋させること」。こうした活動の一環として、ジムはホーチミン市のトップチームと交流しており、その過程で指導を頼まれたのが、当時、全国大会を3ヶ月後に控えたハイ(Hai)選手だった。前年の大会で敗退しており、「今年こそは!」と強い意気込みを持っていた。 「トレーナーが変わることは、選手の今までの経験を否定することにもなり、リスクも大きい。やりがいはあるけど、重圧もありました」と振り返る。トップチームに「力はあっても技術に欠ける」という印象を抱いていた尾島さん。練習も日本でいえば昭和の根性論で止まっているのが現状で、「身体能力は日本のプロにも負けないものを持っているのに、もったいないな」感じていたというが、ハイ選手のトレーニングを通じて、こうした思いを改めて実感することになる。尾島さんは、ジャブからの組み立てや重心の取り方など、日本のトレーニングでいえば基礎の基礎から教えた。日本人選手にとっては当たり前の方法論でも、ハイ選手にとっては「こんなの初めて!」と驚きの連続。 「できる能力はあるけど、単にそれを知らないだけ。実際にやらせてみると、飲み込みが早いことに驚きましたよ」。 結果、ハイ選手は晴れて大会で優勝を遂げることとなった。 「うれしかったし、ホッとしましたね。正直、日本のプロのレベルからいえば、まだまだですが、こうした日本の教え方が伝われば、すごい選手がたくさん出てくる可能性がある国だと改めて確信しました」。 その後、ハイ選手はテレビ放映もされた越韓対抗戦に出場。元チャンピオン相手に引き分けに持ち込むなど活躍が続いている。 尾島さんには今年、大きな目標が2つある。「日越対抗戦を開催したいんです。生徒の励みにもなるし、競技自体を盛り上げることにもつながる。もう1つは、ハイ君のような選手を日本に連れていくこと。どちらもスポンサーの獲得やビザの問題といった壁はありますが、夢に向けて1つひとつ乗り越えていきたいです」。
尾島祥吾 おじましょうご 1987年、岡山県生まれ。大学在学中より川崎新田ボクシングジムに所属し、2011年にバンタム級全日本新人王を獲得。2014年6月、左こぶしのけがのため現役を引退し、2015年1月よりホーチミン市の「サムライボクシングジム」でトレーナーを務める。
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