ベトナムの日本人/井芹信之さん/ハノイドラゴンボートチーム世話役

漕ぐ舟は、みんなで力を合わせて担ぎ運ぶもの。 ドラゴンボートの不思議な魅力に魅せられて

IMG_9146 「みんなの息がぴったり合い、舟がスイスイ進む感覚も好きなのですが、それ以上に好きなのは、レース前にメンバー全員で舟を担ぐことと、漕ぐことがドラゴンボートレースにおいてはセットであるということ。舟を一緒に担いで一緒に漕ぐ。これこそが醍醐味(だいごみ)ですね」。 ドラゴンボートレースの魅力をこう語るのは、ハノイで活動する「ハノイドラゴンボートクラブ」の世話役、井芹信之さん。日に焼けた肌と、優しそうな笑顔が印象的だ。きっかけはドラゴンボート愛好家の同僚に誘われたこと。外からしか眺めることがなかったタイ(Tay)湖を、ボートに乗って湖の中央から眺めた時、湖を独り占めしているような一種独特の感覚になったことを覚えているという。 ドラゴンボートとは、龍の頭と尾の装飾が施された12〜60人乗りの細長い舟で、日本では沖縄のハーリー、長崎のペーロンとして知られる。 現在、同クラブには63人が在籍し、常時、8~17人が練習に参加。ベトナム人もクラブの練習に来るほか、ベトナムナショナルチームとの競漕もあるが、大きな大会への出場経験はまだ少ない。 ふいに、井芹さんが「衝撃的なボートレースを見たことがあるんです」と熱を込め、話し始めた。南部メコンデルタ、ソクチャン(Soc Trang)省で毎年行われる「オクオムボック/Ooc Om Boc」祭りだ。中国に起源を発する、端午の節句のドラゴンボートレースで、 東南アジアをはじめ、世界各地で祭事として開かれている。 「普段、私たちは水の流れがないタイ湖で、12人乗りのボートを使って200mを1分ほどで漕ぐという練習をやっているのですが、これが結構疲れるんです。ところがオクオムボック祭りは1500mもの距離を全長27m、60人乗りの長い舟で一斉に漕いでいく。しかも会場は運河で、海から遡ってくる水の流れを受け、みるみるうちに水位が上昇するのです。声を揃えて水を掻き、水上を走るその姿は、まるで龍が体をうねらせながら川面を滑っているようでした」。 メコンデルタの若者たちの勇壮なドラゴンボートレースを目の当たりにした井芹さんは、次のように推測する。 「メコンデルタ流域では、もともと急流を渡ることが生活の上で必要でした。そして、渡るためには漕ぎ始める場所を選ばなければならないから、漕ぎ手は川沿いの道を担いで運ぶことになる。だからこそ『漕ぐ舟はみんなで担ぐもの』という文化が自然に生まれたのではないでしょうか」。 実は、今年のオクオムボック祭りへの出場許可が下りているそうだが、「各村の威厳を賭けた戦いに、まだまだ素人の私たちが出場するのは…」と、やや謙遜気味。競漕出場に一歩近づくためにも、当面の目標は、まずタイ湖で4チーム対抗のレースを実現させることだと目を輝かせる。ドラゴンボートの不思議な魅力に魅せられた井芹さん。彼の、仲間とともに「舟を担ぎ、漕ぐ」日常はこれからも続いてゆく。
井芹信之 いせりのぶゆき 熊本県出身。2011年JICA専門家として来越、ベトナム農業大学で稲の品種改良研究事業に携わる。2013年からハノイのドラゴンボートチーム「ハノイドラゴンボートクラブ」(p.66)に参加。現在はチームの世話役を務める。 ウェブサイト:www.hanoi-dragon.com
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