ヴィジュアル☆ベトナム/視覚のバブル/私がジェントリフィケーションを愛する理由/THE VISUAL BUBBLE, OR WHY I LOVE GENTRIFICATION

gentry201410_01photos © Sue Hajdu visualここ何年かの間に数多くの古いヴィラが飲食店やスパに様変わりしたが、サイゴンの古いアパートでお洒落カフェやブティック、デザインスタジオなどが軒並み増えているのは注目に値する。この新しい流れと出入りする常連たちは、建物の使い方、見た目、社会的な立ち位置を根本的に変えた。 この傾向は、19世紀オーストラリアのテラスハウスを想起させる。荒れ果てて不細工なこの「長屋」に住むのは、老人や貧しい人、また私の両親のような1950年代の移民たちだったが約25年後には、精巧なロートアイアン(レース模様の鉄細工)のバルコニーをもつこれらの建物は、最高級の不動産となっていた。この変化は有機的に起こったが、政府主導の場合もある。横浜の黄金町が10年を待たずして、〝ちょんの間”街から活気あるアーティストの街になったように。 より裕福な人々が建物や地域に住み着くことで起こる変化は、「ジェントリフィケーション/Gentrification」(地域・都市の高級化)と呼ばれ、高所得層向けビジネスの増加や犯罪率の低下、視覚的な大変身、不動産価格の高騰を招く。 サイゴンの有機的な高級化は、家主ではなく物件を賃貸する若者や外国人の努力による。建築的な外観と場所を大切にするからこそ、資金不足を趣味の良さで補うのだろう。蜘蛛の巣だらけで崩れ落ちそうな下町アパートは、個人的には見るに楽しいが、どこか悲しく心をかき乱す。資金不足だけでなく、空間を綾取る想像力と誇りが欠けているためだ。高級化のおかげで、これまで年寄りの居住者たちが滅多に入れてくれなかった建物にアクセスできるようになった。誰もが気軽に入れて、侵入者扱いもされない。皆があらゆる時代の街の建築を楽しめるようになったのだ。 今のところは。オーストラリアでは高級化は将来も永く保存されることを示唆するが、ベトナムでは非現実的な夢でしかない。今は時間と資本との戦闘ゲームの真っ最中で、150年の歴史における小さな視覚バブル期なのだ。ある種の豊かさは街の基礎構造を完全に破壊する。一方、貧困は優れた保存剤となる。現在のヤンゴンがその優れた例だ。高級化もとても効果的な保存剤ではないだろうか。 私が大好きな街—ローマとベルリンには、幾層も重なる過去の視覚的ヒントがたくさん詰まっている。これら視覚のきっかけに歴史と文化の理解を掛け合わせると、深みある時代を重ねた存在として街が生き生きとする。高級化はこれを可能にし、スラム街やゲットーのような貧困と対照的に、市民の誇りと楽しみ方に近づける。 先日、タックスセンターの取り壊しとヴォーヴァンタン110ー112番地の古いヴィラの運命という衝撃的な知らせを聞いた。不安と怒りと悲しみが街を覆うなか、儚いバブルが崩壊し、私たちが味気ない『すばらしい新世界』へと踏み出さざるを得ないその時まで、バブルを少しでも長く守ろうとしている勇気ある若きジェントリファイアーたちを讃え、支えたい。 gentry201410_00
Sue Hajdu スー・ハイドゥー オーストラリア人文筆家、和英翻訳者、写真家。シドニー大学日本学の学士号、同大学院視覚芸術の修士号をもつ。 ベトナムと日本でアーティストとして15年ほど活動。 ウエブサイト:www.suehajdu.com
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