ヴィジュアル☆ベトナム/イェルサンの目/THE EYE OF YERSIN

Yersin-land-SueHajduphotos © Sue Hajdu visualこのところ、アレクサンドル・イェルサン(Alexander Yersin、1863〜1943年)に夢中だ。彼はベトナムでとても愛されており、数多くの道路のほか、公園、学校、大学も彼の名を冠している。海外ではそれほど有名ではないが、日本人読者なら、1894年香港でのペスト菌発見において北里柴三郎のライバルだったことをご存知かもしれない。 先月、ニャチャンのパスツール研究所にある魅力的なイェルサン博物館を再び訪れた。後ろの壁際に並ぶ3D展示が目立つ。伝染病の血清の瓶の横には、ネズミ、ノミ、船舶の華やかな展示。最後のケースでは手前に顕微鏡、マスク姿の医療チーム、香港の藁葺き小屋の前に立つ若いイェルサン、後ろには拡大された細菌が展示されている。彼のほぼ一生がそこにあるが、医師、探検家、民族学者、船乗り、農園主、地理学者、写真家、化学者、電気技師、天文学者としての姿はそこにはない。 スイス生まれのフランス人・イェルサンがベトナムを初めて訪れたのは1890年のこと。1895年に彼はニャチャンに移住し、人間と家畜用のペスト抗血清を作る研究所を設立。植物や動物、人間の病気を研究する傍ら、プランテーションを運営した。 シャイで内向的な彼は、他にもベトナムの現代化に大きく貢献した。ニャチャンとダラットの開拓や、ゴムとキナの栽培、ニャチャン周辺でのコーヒー、ココア、ココナッツ、アブラヤシの生産などだ。さらに科学の力によって、ペスト、マラリア、破傷風、コレラなどの他、台風からもベトナム人の命を救った。 1つの巨大展示が、博物館内を支配する――イェルサンが輸入したドイツ製望遠鏡だ。高さ2m以上もある、アマゾンもびっくりの配送品だ。30年にわたってイェルサンは望遠鏡をのぞいて台風の発生を予測した。博物館の反対側には、ペスト菌の発見に使われた、今はうっすら錆かけた顕微鏡がある。 これら2つの対照的な機器は、私の心を打った。星図の作製者であり、微生物学者でもあったイェルサンは、異なる光学機器を通じて世界を観察することに人生の多くを捧げたと気づいたからだ。好奇心と情熱に溢れたイェルサンの目は物質世界を見て、我々にそれまで「未発見」だったものを極小から極大な規模で示してくれた。菌や、人間の目が届かない遠くの空の模様のほか、その中間にある人間的規模のものまで。 彼はインドシナの人々や風景を多くの写真におさめた。同様に、インドシナの未知の奥地への数々の探検は、冒険と探査だけでなく、観察、測定、地図作製、記録といった視覚的な行為でもあった。イェルサンの目によって生まれた地図、写真、道路、開拓地は、新しい植民地の中身を初めて全世界に明らかにしたのだ。 Yersin-port-SueHajdu
Sue Hajdu スー・ハイドゥー オーストラリア人アーティスト、写真家、文筆家としてベトナムと日本で活動。シドニー大学日本学の学士号、同大学院視覚芸術の修士号をもつ。 ウエブサイト:www.suehajdu.com Facebook: Sue.Hajdu.Projects
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