ヴィジュアル☆ベトナム/フエとヒモと正しくとらえること/HUE, PIMPS AND GETTING IT RIGHT

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©Sue Hajdu

すべての街並みには暗黙の物理的″言語”がある。建物の規模やその間の均衡、空間のサイズや形、通りが荒地なのか並木道なのか、表面の色や質感などだ。先日埼玉で、すすけた砂色の4階建てビルの前を通った。電車でまさに通り過ぎる瞬間、私の目にとまったのは全体の形と色。その時私は日本ではなく、まるで1940年代か50年代のサイゴンのブロックを見たかのようだった。

visual ″言語”は誰かが教えてくれるわけではなく、知らず知らず身につき、空間の景色と感触を通じて体に深く染み込んでいく。オートバイを運転中、一方が減速しないと向こうからやって来る対向車と衝突することが分かるのと似たような経験だ。頭で計算する必要はなく、ただ体が知っているのだ。 街にも連続性があり、時の流れとともに変わる部分は思っているほど多くない。道路も多くの建物もそのままで、現代風に改装や再建をした所でも″言語”に沿っている。街が完全に変わることは滅多にない。   先日、スタンリー・キューブリック(Stanley Kubrick)監督の映画『フルメタル・ジャケット/Full Metal Jacket』を観た。後半の舞台は、テト攻勢中のフエ。私にとってフエは馴染み深い街で、壁の銃弾の跡も見たことがあるからこそ、作品中の虚構だらけで適当なフエを見ながらひどく腹が立ってきた。   フエの戦闘シーンは極めて納得がいかない。撮影場所はイギリスのガス廃工場。キューブリックは几帳面な完璧主義者として知られ、フエの写真や映像、マイクロフィルムを調査した。さらに不可解なのは、脚本を共同執筆したのが戦争本の名作『ディスパッチズ ヴェトナム特電/Dispatches』の著者マイケル・ハー(Michael Herr)だったこと。ハーは正にテト攻勢の折にベトナムにおり、フエを知っていた。だがどれほど知っていたのか。   街路樹は違うし、荒涼としたコンクリート建築は高すぎて1960年代のフエとかけ離れ、街の雰囲気に忠実でない。まるでスターリングラードの街を見ているようで、怒りは増すばかり。兵士たちの悲惨な非人間化、という映画の真のテーマに、おそらく建物はぴったりの隠喩であり、フエの親しみやすさや控えめな上品さは、妨げとなったのだろうか。   気がかりなことだ。ハリウッドがベトナムについて再三行っているように、表現の問題は国や人々を描写する際に最大の懸念事項だ。何百万人もの観客の大半がベトナムへ行ったことがない中、フエはただの背景なのか、誠実に描かれているのか。ラストシーンの狙撃手を除いて、ベトナム人の登場人物はたった4人だということを考えてみてほしい。売春婦、ヒモ、泥棒、死亡した北の兵士。ベトナム社会がもっと複雑で繊細だと知っている者にとっては、見るに堪えない。   正しく描写することを、私は切望する。映画に映る「日本」を見るたびにあなたはどう感じているだろうか。主人公が日本へ飛び、初めて目にするのは必ず新宿のネオン街。「日本」がまたこれで、いいだろうか?
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©Sue Hajdu

Sue Hajdu スー・ハイドゥー オーストラリア人アーティスト、写真家、文筆家としてベトナムと日本で活動。シドニー大学日本学の学士号、同大学院視覚芸術の修士号をもつ。 ウェブサイト:www.suehajdu.com Facebook:Sue.Hajdu.Projects
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