ヴィジュアル☆ベトナム/WALLS THAT WERE LIKE PAINTINGS/絵画のような街の壁

sketch-walls-vert-©S ヴィジュアル☆ベトナム近代化が、進化の直線をたどることは決してない。プラスやマイナスが入り乱れるものだ。今日のベトナムの街は以前より清潔で整い、より安全な生活環境であることは疑うべくもなく、誰にとってもありがたいことだ。 だが予想外の不幸として、ベトナムの息をのむほど美しい壁が静かに姿を消しつつある。 ドイモイ開始直後の時代にベトナムを訪れた者にとって、ベトナムの壁はその存在感の偉大さで、マーク・ロスコの絵画作品に引けを取らない。当時はカネとモノが不足しており、伝統的な画材である石灰塗料(ホワイトウォッシュ)が外壁の塗装に使われていた。 壁がボロボロになったり風化したりすると、新しい石灰塗料が上塗りされ、その度に全く新しい色が用いられた。壁の美しさには、湿度が積極的に関わっている。湿気が塗料に染み込み、元々の色は水っぽく、いや油状になり、粉っぽいテキスチャーの色はどんどん濃くなり、グラデーションを描き出す。 壁の表面は立体的な質感となり、塗料のかけらやツギハギは姿を消し、まるで建物が1ミリ1ミリ剥がれ落ちていくよう。こうして時には10色にものぼる前の世代の色が姿を見せるのだ。 ここで述べている色は、地味でも、ブルジョワ的でもない。当時よく使われていた色をリストアップするだけでも、果物や香辛料、アイシングがいっぱい並んだグルメ食品街を訪れているかのようだ。ターコイズ、紫、ライラック、ジンジャー、ミント、サフラン、ピーチクリーム、ベビーブルー、マスタード、ザクロ、アマランス。フエ・レロイ通りの国立高校クオックホックの朱色。 壁にカビが生えると、ビーカーの水に溶かした染料が腫瘍のようなかたまりを形作るように、灰色や、青灰色の雲や、うず巻きや、まだら模様が現れる。これらすべてを相殺するのは、きれいな長方形のドア。イメージの真ん中に大胆に置かれ、恥ずかしげもなく対照的であると同時に素晴らしい色彩を放つ。 街角を曲がった時の、驚くような一面の情景との突然の出会いは、巨大な抽象画の官能的な喜びを与えてくれる。歩いていて足が、はたと止まるのだ。街の表面全てが色彩、色調、多様性の祭典。写真家たちはもちろん、このことに気付いている。当時のベトナムの壁を一つ残らず写真に収めることで、キャリアを費やせるほどだった。 いつしかこっそりと、全ては変わってしまった。まるで塗料メーカーの策略で街が奪われたかのようだった。デュラックス、ジョータン、マイカラ―…。巨大なビルボード広告は、彼らがベトナムの街に既に侵入し、平坦で艶のないありきたりの姿に変えてしまったことの印でしかない。もちろん飛躍的に実用的で、より合理的で、さらに現代的なのだが…まったく謎めいていない。 そんな街の表面は、その前身が切ないほどそうしたように、浅い深いを問わずに層を与え、建物の過去の姿をほのめかすことを、頑なに拒んでいる。 sketch-wall2-©SueHajdu
Sue Hajdu スー・ハイドゥー オーストラリア人アーティスト、写真家、文筆家としてベトナムと日本で活動。シドニー大学日本学の学士号、同大学院視覚芸術の修士号をもつ。 Website:http://www.suehajdu.com facebook:Sue.Hajdu.Projects
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