第9回 しじみしみじみ蜆粥

ネイル横丁とも言うべき、爪切り専門店が並ぶヘム（路地）の中にある、カジュアル・フエ料理の超有名店。冷房は効いておらず、料理は大概5万VND（約190円）以下であるにもかかわらず、石造りのテーブルが並ぶ店内の雰囲気は悪くはない。また、某旅行雑誌に紹介されてはいるものの旅行者はそこまで多くなく、店内はベトナム人でいっぱいである。 フエの米料理で最も有名なのは、炒めた蜆、ピーナッツ、ゴマなどをたっぷりとあしらえた米に蜆のダシをかけて頂くコムヘン（Com Hen）。大変香ばしく華やかな味わいで、大のおすすめではあるものの、通が同店で食べるのは、「チャオヘン」という蜆のおかゆだ。 コムヘンにつく蜆のダシよりも濃厚な味わいの下地で頂くお粥は、しみじみと旨い一品。ん？　しみじみとしじみ？　ふふふふふ、我ながら実にうまく決まっているではないか、と口の端でにやつきながら、優しく深い味わいの粥を食べ進めると、蓼の香りがふわり。コムヘンとは異なり、油などで炒められていない蜆は、磯の香りがしっかり感じられるがゆえに、合わせる香草はベトナムバジルではなく、蓼なのだな、と改めてベトナム人の香草使いの上手さに納得。 上級者は、卓上に置かれた臭いエビの発酵調味料マムトム（Mam Tom）を追加するべし。そのままでも十分深かった味わいが、海底の中に登場する海溝よろしく、突然深化する。格段に旨くなってしまったお粥はもう数秒しかもたず、平らげられてしまった。

本日のひとり飯 Nam Giao 136/15 Le Thanh Ton St., Dist. 1 www.namgiao.com ･「蜆粥／Chao Hen」３万7000VND（約140円）

井之原 四郎　いのはら しろう 孤高のフーディーを自称するフードライター。食べ物である限り、食べられない物がないのが自慢。美味い料理を食べているときは自分だけの世界に入り込んでしまい、時には涙を流すことも。酒にも目がない。