細見昭さん／社団法人海外鉄道技術協力協会

都市鉄道は、新しいライフスタイルを生み出すんです

「ベトナムの街はバイクで溢れていますよね。交通工学的には、悪くはないことなのです」。 ホーチミン市１区の事務所で、挨拶を済ませて席に着くなり、こう話し始めた工学博士・細見昭さん。ベンタン市場とスオイティエンを結ぶホーチミン市地下鉄１号線プロジェクトの「影の功労者」だ。 「バンコクやマニラのように、車が増え過ぎると、鉄道を導入しても渋滞緩和への効果は限定的になります。その点、バイクが圧倒的に多い段階のホーチミン市は、車の急増で交通が立ち行かなくなる前に鉄道ができます。渋滞対策には、とても良いタイミングなんですよ」。 大学院まで発展途上国の交通問題を研究し、「現場に近い仕事を」と、都市交通計画のコンサルティング会社に就職。その初めての案件が同市都市交通マスタープランの調査だった。現在はJARTSで地下鉄案件に邁進する日々を送っている。 １号線プロジェクトでは、完成後の鉄道運営の指導まで請け負う。 「他国で鉄道路線を建設した時、運営を地元にまかせたら、めちゃくちゃになったことがありました。故障を直そうにも現地に部品がないため、１車両から必要なパーツを取り外したりしたんですよ。今回、完成後５年間のメインテナンス契約を結んだのは、現地の人が鉄道の運営を理解して事業が軌道に乗るまでお手伝いするためです」。 他路線は各国が建設するが、全６路線の運営は、JARTSが現在、設立支援を行っている運営会社が一括して行う。運転士の訓練も列車の運行も日本式をベースとし、「SUICA」と同様のシステムを導入する。ここまで説明してくれた細見さんは、ふいに熱い口調で、「それとですね、日本の車両がね、この街を走るんです。これまで日本のODAが鉄道を作っても、車両は他国製ということがありました。でも、ホーチミン市では日本製の車両が走ることになっています。」と教えてくれた。日本の車両が街を走ることは、日本のODA事業の大きなアピールにつながる。「見える形」での事業協力が実現するのだ。 「地下鉄建設と同時に、鉄道整備を前提とした街づくりへの提言や案件形成もしています。具体的には、１・２・４号線が発着するベンタン市場前に地下街を建設し、そこに飲食店などが並ぶという提案です。これは他の日系企業と協力して進めています。駅周辺では、空調管理の行き届いた涼しい環境で買い物を楽しめるようになるんですよ」。 新しい街の誕生は予感されるが、50ｍ先へ行くにもオートバイで乗りつけるベトナムで、人々は本当に鉄道を利用するのだろうか。 「鉄道に乗ってもらうためには、魅力的な街づくりは欠かせません。ただの移動手段ではなく、電車に乗ってパソコンを使いながら、都心へ通勤する。そんなスマートなスタイルの提案なのです。東京でいうところの『田園調布に住んで、東横線で通勤して、会社は恵比寿』といったお洒落なライフスタイルを、１号線で実現させたいと思っています」。 都心も郊外も、駅を中心とした街づくりをし、さらに駅と駅を結んでネットワークを広げる計画だ。１号線の開通は2016年、全６路線の開通は2020年を目指している。 「鉄道に乗ってできる生活スタイルを享受して欲しいと思います。ホーチミン市が新たな都市としてのステージを迎えるのを、見届けられたらいいですね」。

プロフィール 細見昭　ほそみあきら 1972年、神奈川県生まれ。2001年東京工業大学大学院博士課程修了。博士（工学）。2002年、政府開発援助（ODA）のコンサルティング会社に入社し、ホーチミン市都市交通計画開発コンサルタントを務める。2007年より「社団法人海外鉄道技術協力協会」（JARTS）のベトナム事務所長として、同市ベンタン（Ben Thanh）市場～スオイティエン（Suoi Tien）地下鉄1号線プロジェクトなどを支える。