仏領時代の特徴をみるなら ■ホーチミン市博物館
Bao Tang Thanh Pho Ho Chi Minh 1890年にドイツ・ミュンヘン(Munchen)の展示場をモデルに、ルネッサンス様式の展示場として誕生し、後にインドシナ総督官邸となりました。当時は正面に工業と農業の女神2体の像がありましたが、現在は撤去されています。また、各所にレリーフが施されており、屋根の部分にはワニ、トリ、雷魚など、ベトナムならではのモチーフが見られます。床のタイルは、フエ王宮と同じスタイルのものが使われています。
また1962年に大統領官邸(現在の統一会堂)が爆撃された際、クーデターを恐れたゴー・ディン・ジエム大統領は、200人の囚人を動員して深さ4m、6部屋からなる地下室を作らせました。あまり知られていませんが、今でも3つある入り口から入ることができます。しかし、空調設備がないなど、未完成に終わっています。
南仏プロヴァンス風の建築 ■サイゴン大教会/Nha Tho Duc Ba
フランスが最初に立てたのがこのサイゴン大教会と統一会堂(旧大統領官邸)です。教会ははじめ別の場所にありましたが、2度の移転の後、今の場所におさまりました。この教会では南仏の建築様式を採用。レンガはマルセイユ(Marseille)、ステンドグラスはシャートル(Chatre)地方から運ばれてきたものです。建設に当たっては国際入札が行われ、ロマネスクの外観、ゴシック様式の内装がその特徴です。また、南仏に良く見られる屋根の三角の尖塔部分は当初ありませんでしたが、1895年にベトナムの資材を使って増築されました。中には6つの鐘があります。
また教会前にある大理石のマリア像はイタリア人彫刻家によるもので、ローマから運ばれてきました。この場所にはグエン朝初代皇帝ザー・ロン(Gia Long)の息子カイン(Canh)の像がありましたが1945年に撤去され、1959年にマリア像が設置されたのです。
駅のような外観が人目をひく ■中央郵便局/Buu Dien Thanh Pho
1891年に完成したこの建物は、エッフェル塔で有名なエッフェル(Alexandre Gustave Eiffel)が鉄筋アーチを設計、当初から郵便局として利用されました。ロダンの「考える人」の銅像が展示されているパリの「オルセー美術館/Musee d'Orsay」を手本にしていますが、ここも南仏様式を取り入れており、壁が厚く風通しが良い造りになっています。正面の彫刻はコミュニケーションをつかさどるローマの神「メルクリウス/Mercurius」。外壁にフランスの著名人の名前が書かれているのは、本国流でもありますが、植民地の人々を教育する目的もありました。
派手な装飾は「グロテスク」と不評だった ■ホーチミン市人民委員会庁舎
Uy Ban Nhan Dan Thanh Pho
1908年に建設された当初からサイゴン市庁舎として使用されていました。アンピール(Empire)様式と呼ばれる、複雑なレリーフで派手に飾り立てるスタイルは当時フランスの流行で、正面のレリーフには当時サイゴンの特別な象徴だったという2匹の虎の彫刻が見られます。
派手なレリーフが後に取り除かれた ■市民劇場/Nha Hat Thanh Pho
市庁舎と同時代に立てられた市民劇場(1900年完成)も、当初はレリーフをふんだんに施した華やかなデザインでした。パリで最初の美術館「プティ・パレ/Petit Palais」をモデルに、建築家オリヴィエ(Felix Olivier)、ギシャール(Ernest Guichard)、フェレ(Eugene Ferret)が手がけ、第3フランス共和政で流行だった「フランボイアント/Flamboyant」(「燃え上がる」という意味)スタイルを取り入れました。ですがあまりにも派手なため、1943年にはファサードの装飾が取り除かれました。しかし1998年サイゴン成立300周年記念の際に約250億ドン(約1億6450万円)をかけて再び修復工事が行われ、当時の姿が再現されたのです。
「仏華」折衷のユニークな華僑の邸宅 ■美術博物館/Bao Tang My Thuat
ここはサイゴンにいた大富豪の華僑の1人、フイ・ボン・ホア(Hui Bon Hoa)の邸宅として1925年に完成。一見すると、黄色の壁やステンドグラス、フランスのエレベーターやタイル、階段などフランス・バロック風な建築物ですが、正面の両側には「コウドイ/Cau Doi」と呼ばれる対になる漢詩が飾られ、屋根は中華風、裏庭には鳳凰がいたりと、ちょっと成金趣味(?)な「仏華折衷」のユニークな建物となっています。美術館として使用されるようになったのは、1987年からです。
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