ハノイの揚げ豆腐ブン・ダウ
〜豆腐を愛する庶民の朝食〜
早朝、ハノイの旧市街にある市場近くを歩いていると、ある通りに入るなり、プ〜ンと何かを油で揚げる匂いが漂ってきた。その匂いの主は揚げ豆腐料理「Bun Dau/ブン・ダウ」。ハノイで愛される庶民料理だ。
この料理、話に聞いたり本で読んだりはしていたが、南部在住だった私は北部ならではのこの豆腐料理を実際に目にしたことがなかった。揚げ豆腐と香草を米麺ブンにのせ、海老の発酵調味料マムトムで味付けして食べる。そう聞いていたので、味は大体想像がつくが、ブン・ダウは朝食として食べられているという。いったいどんなスタイルで売られているのだろう? そう興味を持った私は、必ずこれを食べようと思い、早朝から屋台や天秤が並ぶ市場周辺を目指したのだ。
そこでは、なんと天秤屋台で豆腐を揚げながら売っていた。天秤の片方にのせられた七輪の上にはジュワジュワと音を立てている油の入った鍋が。もう片側にはお盆が置かれており、そこがテーブル代わりとなる。
香ばしく揚がったアツアツの豆腐を、はさみを使って慣れた手付きで食べやすい大きさに切り、ブンといっしょに盛り合わせてくれる。マムトムにはギュッとレモンを絞り、赤唐辛子を入れ、たっぷりの香草も添えられる。濃い旨味と塩気、そして強烈な臭いを持つマムトムは、豆腐やブンとの相性が良い。あっさり淡白な味にガツンとインパクトを与えてくれるのだ。朝から屋外で、目の前で揚げるアツアツ豆腐のおいしさに感動した私は、いくつもお代わりをしてしまった。
ベトナム人、特にハノイ人はよく豆腐を食べる。ベトナムの豆腐文化の中心は、最初に豆腐の伝わったハノイであるからだ。だからこそ彼らはおいしい豆腐の食べ方を知っていて、そして豆腐が大好きなのだ。しかし、私達日本人も同じく豆腐を愛しているが、このように朝食のメインディッシュにしようとは思わない。ハノイの人々にとっては当たり前すぎる日常的な素材、そして食べ方なのだろうが、私にはとても新鮮で魅力的に感じられた。だからこそ、私はあえてこの料理をハノイのダクサンと呼びたいのだ。
文=伊藤忍(ベトナム料理研究家)
1972年生まれ。料理コーディネーターの経験を経て、2000年にベトナムへ移住。人気カフェ「ラフネソレ」のマネージャーとして活躍するかたわら、家庭料理を学び、2003年11月に帰国。現在は日本でベトナム料理教室やベトナム料理店のプロデュース、執筆を中心に活動。2004年12月上旬に食紀行本「ベトナムめしの旅」を情報センター出版局より発売。ハノイ、ホーチミン市でも販売中。
伊藤先生のウェブサイト:Annam Table
(2005年6月7日 火曜日 8:39JST更新) |