タイン・ミー村のブン・ラー
〜手間隙かけて作られる昔ながらの味〜
ベトナム人向けのウェブサイトで、とあるコラムを読んだ。
「私の故郷ニン・ホア市タイン・ミー村の『ブン・ラー』は、お茶碗の口くらいの大きさにブン(米麺)を丸く薄くまとめ、くっつかないようバナナの葉の上に重ねる珍しいものです」。
「丸く、薄くまとめた麺?」どんな物か全く想像が出来なかった私は、その村を訪ね、一軒の家でブン・ラー作りを見せてもらった。
米を挽いて作った生地を丸い口金で熱湯に絞り入れて茹で、冷水にとって水気を切る。ここまでは普通のブンと同じだったが、そこからが違う。まず50枚以上の皿が床に並べられた。そして、その皿の上に出来たてのブンを手で程よい長さに切りながら、一握りずつ載せていくのだ。麺の流れる方向は全て同じ。まるで日本の「へぎそば」のようだ。表面の水気が乾くと、麺と麺がくっついて一束ずつはがせるようになる。これを細長くきったバナナの葉の上に少しづつずらしながら10枚程重ね、その上にまたバナナの葉を敷いた麺の束を大きな籠いっぱいにまで積み重ねていく。なるほど、ブン・ラーと言う名の「ラー(葉)」とはこういうことか。
この麺、トマトと魚の入った塩味のスープで食べるのだが、この村の人々は昔からこのブン・ラーとスープを天秤で売り歩く商売を生業としてきた。つまり、このような状態にしておくと、手早く盛り付けて提供でき、さらに持ち運びがしやすく、売り歩くには都合がいいというわけだ。そしてこれを売りに行く先は、乗り合いバスで行く少し離れた小さな町。それぞれの村人が天秤屋台を出す担当エリアは、昔から決まっているという。以前は他の地域でも作られていたそうだが、現在はほとんど作られていない。だが、この村はこの天秤商売をずっと続けてきたため、手間がかかるブン・ラーを今でも作り続けているのだ。
村の入り口には門があり、外の町からは孤立している。そのため村から道を1本隔てた地域の人々は、目と鼻の先で作られているこの麺を知らない。 この村と売り先の町だけの閉ざされた関係の商売。それこそがこのブン・ラーがベトナムでも知られていない理由なのだと悟った。
文=伊藤忍(ベトナム料理研究家)
1972年生まれ。料理コーディネーターの経験を経て、2000年にベトナムへ移住。人気カフェ「ラフネソレ」のマネージャーとして活躍するかたわら、家庭料理を学び、2003年11月に帰国。現在は日本でベトナム料理教室やベトナム料理店のプロデュース、執筆を中心に活動。2004年12月上旬に食紀行本「ベトナムめしの旅」を情報センター出版局より発売。ハノイ、ホーチミン市でも販売中。
伊藤先生のウェブサイト:Annam Table
(2005年4月11日 月曜日 14:25更新) |