フエの庶民のおやつバイン・フエ
〜皇帝も食べていた素朴な味〜
「緑の葉に白い生地ときたら、海老のそぼろは赤い方がきれいだろ?カニの甲羅の色素で赤く色を付けるのよ」。バナナの葉の上に、練った米粉の生地とそぼろにした海老をのせ、短冊の形に折り曲げ、平らにのしてから包む。中庭の作業場では、こうやっておばあさんがフエ名物のバイン・ラーを次々と包んでいた。
ここはフエのチー・ラン(Chi Lang)通りの有名なバイン・フエの老舗。フエで知り合った地元の青年が連れてきてくれた。王宮の外堀近く、ドンバー市場前の道を直進し、ヤー・ホイ(Gia Hoi)橋を渡った先がこの通りだ。古い家が並ぶ、何十年も変わらぬ城下町の趣がある。
この店で作っているのは、バイン・ラーの他、丸い「バイン・べオ」、バナナの葉で包んだ「バイン・ボット・ロック」、クレープ状の「バイン・ウット」の4種類。どれも同様に海老を使い、蒸して作る餅系の料理だが、生地の配合や形が違うので、食感もだいぶ異なる。あらかじめ作っておいたものを売る店が多い中、「バイン・ラーは蒸したてと冷めたものでは、食感が違うよ」と、蒸したてのアツアツを勧めてくれた。そのアツアツのバイン・ラーを口に運ぶ。餅状にかたまって見えた生地は、口の中でプルッとしたと思ったら、さっとほどける微妙な柔らかさ。この微妙な食感の秘密は長い間受け継がれてきた生地の配合と練り具合にあるらしい。
これらの餅料理はバイン・フエと呼ばれ、もともとはフエの庶民のおやつとして生まれた。しかし、見栄えよく豪華に盛り付けされ、かつては宮廷の食卓にも、その姿を見せたという。「フエは気候も厳しく、昔の人々の生活は決して恵まれていたわけではありません。でも庶民は生活を楽しむために、この土地の物を上手に使い、安くて美味しいものをたくさん作りました」とその青年は言った。
美味しいものを作り出すことは、その人々の生活水準と必ずしも比例するものではないらしい。ツバメの巣、アワビなどの高級食材が頻繁に登場したというかつての宮廷の食卓にも、これらの品々が並んだという歴史があるのだから。
文=伊藤忍(ベトナム料理研究家)
1972年生まれ。雑誌や広告の料理コーディネーターの経験を経て、2000年にベトナムへ移住。人気カフェ「ラフネソレ」のマネージャーとして活躍するかたわら、家庭料理の勉強をし、2003年11月に帰国。
伊藤先生のウェブサイト:Annam Table
(2004年10月18日 11:30更新) |