チャンバンの柔らかライスペーパー
〜焼きと夜干しが作り出す質感〜
ベトナム料理に欠かすことのできないライスペーパー。北から南まで、ベトナム全土で作られているが、種類は実に様々。中でもホーチミン市の隣、タイニン省のチャンバン(Trang Bang)には、とても珍しいものがある。
やや薄めに作る以外、途中までは普通のものと作り方は同じ。米粉を水で溶いた生地を、布の張られた蒸し器に丸く広げて蒸し、天日で干して乾燥させる。普通はこれで完成だが、チャンバンのライスペーパーは更に工程が続く。なんと出来上がった紙状のライスペーパーを焼くのである。しかも、この焼き方が実に面白い。金属でできた壷のような釜の中で、乾燥させた落花生の殻を燃料にして火をおこす。そして、先に針金の枠がついた2本の棒を使い、ライスペーパーを交互に返しながら、その中で手早く焼くのだ。半透明のものが、プーっと膨れながら乳白色になっていき、香ばしい香りが漂ってくる。煙が立ち込め、目を開けているのがやっとだったが、焦がすことなく次々に焼き上げていく女性達の熟練した技には感心させられた。
しかも工程はそれだけではない。これをもう1度干すのだ。ただし天日にではなく、空気に湿気を含む夜露や朝もやのある夜から朝にかけての時間帯に。そのため、このライスペーパーは「Banh Trang Phoi Suong(露・もや干しライスペーパー)」と呼ばれている。
これを袋に入れて乾燥させないように保存する。製造から1週間が、ベストな質感を保てる目安。水をつけずにそのまま食べられるので、扱いやすい。焼くとライスペーパーがふくらみ、生地の密度が粗くなる。それを干すと湿気を吸ってしっとりし、独特の柔らかい弾力が生まれるのだ。焼くことで米の風味も豊かになり、甘さやうまみも引き出される。
チャンバンの街中の国道沿いには、ゆでた豚肉と香草を、このライスペーパーで巻いて食べる名物料理を出す店がずらっと並んでいる。焼き、露、もやが作り出す、この特別な質感を楽しみにやってくる人々のために。
文=伊藤忍(ベトナム料理研究家)
1972年生まれ。雑誌や広告の料理コーディネーターの経験を経て、2000年にベトナムへ移住。人気カフェ「ラフネソレ」のマネージャーとして活躍するかたわら、家庭料理の勉強をし、2003年11月に帰国。
伊藤先生のウェブサイト:Annam Table
(2004年7月20日 9:54更新) |