ソクチャンのBun Nuoc Leo
〜2つの味を持ったダクサン〜
メコンデルタ周辺には先住民であったクメール人*が今でも多く住んでいる。そんなメコンデルタの町ソクチャンの名物がBun Nuoc Leo Ca Loc(ブン・ヌック・レオ・カーロック)。米から作る麺のブンを、雷魚から取るスープで食べる料理だ。
この料理は元々クメール人が食べていたものだったが、それをベトナム人がアレンジ、ここに定着させたと言う。このため、実はクメール風とベトナム風、2つのブン・ヌック・レオが存在する。町で食べられるものはベトナム風のもので、クメール風のものは彼らの居住区に行かなければ食べることはできない。
最初にベトナム風のものを食べてみたところ、少し薬っぽくて生姜より強い独特の香りがした。これは細い指の様な形をした、生姜系の香味野菜のCu Ngai Bun(クーガイブン)の香り。タイ料理などでも臭み消しなどによく使われているが、あっさりめのこの料理に、どうして加えるのだろうか。
しかし、クメール風のものを食べた時、その疑問は消えた。ベトナム風に比べ、クーガイブンの香りはそれ程目立たない。替わりにクメール人がよく使う魚の発酵調味料の強烈な魚臭がする。「臭いものは旨い」とよく言うが、納得できる濃い旨みである。
↑クメール風のブン・ヌック・レオ
なるほど。クメール人達はこの旨みの強い調味料を生かし、強烈な臭いを和らげるためにこの香味野菜を使っていたのだ。だが、これを初めて食べたベトナムの人達は、むしろそのクーガイブンの香りの方を目新しく思ったのだろう。調味に使う魚の発酵調味料は食べ慣れた自分達のものを使うことにしたが、クーガイブンを入れることだけは外さなかったのだ。つまり、こうして出来上がったのがベトナム風ブン・ヌック・レオなのである。
ベトナム人とクメール人。料理をはじめ、それぞれが独自の文化を守りながら暮らしているが、もちろんお互いの文化に影響を与え合っていることは間違いない。1つの名の下に2つの味を持つ、興味深いダクサンである。
* 現在カンボジアに多く住む民族
文=伊藤忍(ベトナム料理研究家)
1972年生まれ。雑誌や広告の料理コーディネーターの経験を経て、2000年にベトナムへ移住。人気カフェ「ラフネソレ」のマネージャーとして活躍するかたわら、家庭料理の勉強をし、2003年11月に帰国。
写真撮影=福井隆也(ベトナム在住写真家の日々是撮影)
伊藤先生のウェブサイト:Annam Table
(2004年6月10日 9:12更新) |