ハノイのMo豆腐
〜伝統が生み出すしわと丸い角〜
「Dau Phu Mo(Mo豆腐)」は、ハノイのマイドン地区で昔から作られている、歴史の古い豆腐だ。どんなに立派なものかと思えば、表面はしわくちゃで角が丸く、見かけはなんだか情けない。
この貧弱豆腐に隠れる伝統製法に私は興味を持ち、この地区を訪れてみた。ここでは大豆をすりつぶすのに電動の石臼を使うなど多少の近代化はあるものの、それ以外は全て昔から伝わる手作業を守り続けていた。
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豆乳を固めるのに、日本の豆腐は「にがり」を使うが、ここでは「Nuoc Chua(酸っぱい水)」と呼ばれる独自の水を使用している。この酸っぱい水は、豆腐を寄せた時に出る余分な水分を利用して作られる。大豆にはもともと水に溶けると酸化するグルコノラクトンという成分が含まれていて、牛乳にレモン汁を加えると固まるのと同じ原理で、その酸を利用してたんぱく質を固めて豆腐を作っているわけだ。豆腐を作るたびに出る余分な水分を、老舗のうなぎ屋のタレのごとく、毎日一定の割合で少しずつ継ぎ足すことによってこの酸っぱい水はできる。とても根気の要る作業なのだ。 |
固まった豆乳は1つ分の量ずつ布に包む。日本のように型は使わず、直接布で包んでから木の板を組んで作った枠に入れて上から重しをのせる。待つこと5分。布を解くとしっかりと締まった豆腐が出来上がる。水にはさらさない。
「できたてをお上がり」と勧められ、つぶした赤唐辛子入りの塩をつけて湯気の上がる豆腐を食べてみた。沖縄の「島豆腐」を思わせる、大豆の濃厚な味が口いっぱいに広がった。最近は、厳しい豆腐製造業から転身する人も多く、この地区よりも歴史の浅い、別の地区での豆腐製造の方が活気があるそうだ。ひとつひとつ手作りの工程から生まれるこの「しわ」と「丸い角」を、いつまでも守り続けてほしいものである。 |
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文=伊藤忍(ベトナム料理研究家)
1972年生まれ。雑誌や広告の料理コーディネーターの経験を経て、2000年にベトナムへ移住。人気カフェ「ラフネソレ」のマネージャーとして活躍するかたわら、家庭料理の勉強をし、2003年11月に帰国。
伊藤先生のウェブサイト:Annam Table
(ベトナムスケッチ2004年3月号) |