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「Texture Sample」 42×60cm 2003年 |
第3回 キャンバスは自然の恵み
漆画のキャンバスは、実はベニヤ板でできています。安っぽいと感じるかもしれませんが、作品に取りかかる前に何層も漆を塗り重ね、丹念に下地を施します。日本でも基本的な工程は同じですが、使用する素材が微妙に異なります。
たとえば日本の「錆漆/さびうるし」。木目などの凸凹を埋めるペースト状の漆です。錆漆は、粘土を蒸し焼きにして粉砕したものや、粘土質の山から採掘される微細な粉のようなものを使用して作ります。どちらも材料は山から得ます。
一方、ベトナムで同じ目的に使用するのが「ホム/Hom」です。川底に沈殿する粒子の細かい泥をこし、生漆に混ぜて作ります。国土の9割近くを山が占める日本、そして泥水をたたえる河とそのデルタ地帯が人びとの営みを支えてきたベトナム。それぞれの風土が、これらの素材を選ばせたということなのでしょう。
面白いことに、下地用の漆をのばすヘラにも土地柄がでています。日本ではヒノキのヘラですが、ベトナムでは水牛の角を平らに削って使います。職人たちが風土と折り合いながら編み出してきた漆芸。それぞれににじみ出る持ち味があるのです。
近年、両国とも経済性の重視から、プラスチックなどに機械で人工塗料を吹き付けるといった方法で、漆製品を量産するようになりました。自然環境に制約されないテクノロジーは、作り手たちの懐を潤すことでしょう。しかし、手にする人の心を潤すのは、そこに自然や、作った人の気配を感じられるときなのではないかと思うのです。
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(上)ベトナムの自然に育まれた淡水貝や卵の殻、そして職人が手仕事で打ちのばした金銀箔をふんだんに散りばめた作品(下)人毛で作られたハケと、水牛の角で作られたヘラ 撮影/西澤智子
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安藤彩英子 あんどうさえこ
1995年にベトナムへ移住し、漆画の修行を始める。以来、数々の個展やグループ展、またはメディアを通して、ベトナム独特の漆芸術「ソンマイ/Son Mai」を内外に紹介。また、伝統漆芸技術の伝承にも取り組み、ハノイにて、ベトナム漆画・漆芸の後進の指導に力を注いでいる。
http://andosaeko.com
(2010年01月号 |2010年2月3日 水曜日 10:59 JST更新)
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