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「楽園の昼下がり」 60×80cm 2001年
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第1回 ベトナム漆は大器晩成
私は自分のことを、「漆画家」ではなく、「ベトナム漆画家」と称しています。それは私が、日本の漆技法や独自の工夫を用いながらも、あくまでベースをベトナム漆芸(しつげい)におき、ベトナムの天然漆にこだわって創作を続けているからです。
漆とは、漆の木から採れる樹液のこと。同じ漆といっても、ベトナムと日本では性質が異なります。ベトナムの漆は乾くのが遅く、表面の艶(漆の世界では「肌」といいます)が悪いとして、日本の漆よりも質が劣るとよくいわれます。漆には酵素が含まれていて、それが一定の温度と湿度のもとで活動を始め、硬くなります。乾きにくいというのは、ベトナムの漆が日本の漆と比べ、より高温多湿な環境でないと乾きにくいという意味なのです。つまり、日本より高温多湿のベトナムでは、むしろこの方が適しているのです。
また、「肌が悪い」というのも誤解です。ベトナム漆は艶や堅牢さをもたらす物質の含まれる割合が低いので、できあがった直後は、日本のものよりも華やかさや耐久性が劣っているようにみえるかもしれません。でも、この柔らかさゆえに、何層にも漆を重ねて研ぎ出すという漆画技法を用いると、独特の奥行きや質感を出すことができるのです。しかも酵素による化学変化は数年間継続するので、月日を重ねるほど雑質が消化され漆層の純度が増します。最終的には透明度が上がり、美しく発色し、驚くほど堅牢になるのです。
ベトナム漆は時間にのんびりしたこの国らしい、大器晩成型の素材なのです。
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土産物として売られている漆製品はほぼ100%、硬くて作業が気候に左右されない人工漆を使用。本連載における漆とは、これとは別の天然漆をさす
撮影/西澤智子
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安藤彩英子 あんどうさえこ
1995年にベトナムへ移住し、漆画の修行を始める。以来、数々の個展やグループ展、またはメディアを通して、ベトナム独特の漆芸術「ソンマイ/Son Mai」を内外に紹介。また、伝統漆芸技術の伝承にも取り組み、ハノイにて、ベトナム漆画・漆芸の後進の指導に力を注いでいる。
http://andosaeko.com
(2009年11月号 |2010年2月3日 水曜日 10:59 JST更新)
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