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ベトナム戦争に医師として志願したベトナム人女性、ダン・トゥイー・チャム(Dang Thuy Tram)。25歳当時の1968年から戦死する2日前までの約2年間、彼女が日々の生活をはじめ、仲間や恋人、家族への想いなどを綴った「トゥイーの日記/Nhat Ky Dang Thuy Tram」は2005年にベトナムで出版され、大反響を呼んだ。 同書は現在14カ国語に訳されており、2008年8月には日本語版も出版された。その翻訳を担当したのが高橋和泉さんだ。 「以前この本をベトナムで読み、大変興味を持っていたので、翻訳の話がきたときは本当に嬉しかったんですよ」。 1989年の初渡越から現在まで約19年間、ベトナムと関わり続けてきた彼女だが、初めから通訳や翻訳の仕事を目指していたわけではないという。 「当時、ベトナムで外国人も個人ビザが取得できるようになったと知り、興味が沸いて初めてハノイへ旅行に行きました。その後、何度かベトナム旅行を重ねるうち、ベトナム人と話してみたくなり、日本で働きながら夜間の語学学校で少しずつ学んでいったんですよ」。 その後、現地で本格的に学びたいとハノイ総合大学(現・社会人文大学)に語学留学した高橋さん。 「留学生活が3年たった頃、生活資金がつきてしまったんです。それで、知り合いの紹介で通訳や翻訳の仕事をやるようになって。ちょうど日本ではベトナムブームの最中で、結構仕事があったんですよ」。 ところが、個人ビザの延長ができず、1997年にやむなく帰国することに。日本でも通訳や翻訳の仕事を続けた彼女だが、やはりまた現地で学びながら生活したいと強く思い続けていたそうだ。 「通訳の仕事をしていながら、ハノイ弁とは違う南部の発音にどこか苦手意識がありました。簡単な言葉なのに聞き取れないことがあって、今度は南部の発音も学びたくなったんです」。 そうして2002年より現在まで、ホーチミン市師範大学に籍を置きながら、通訳・翻訳の仕事でベトナムと日本を行ったり来たりする多忙な日々を送っている。 「商談の場ではとにかく正確さが求められるし、時間が限られている会話ではわかりやすく簡潔に訳すことが重要です。日々修行ですね」 と語る彼女が書籍の翻訳にたずさわったのは今回が初めてだ。 「元々、出版目的ではない『日記』なので、流れがつかめなかったり、日によって文章の雰囲気が変わったり。戦時中に使われていた特殊な用語を訳すのにも苦労しましたね。とにかく、読者が最後まで違和感なく読めるようにと試行錯誤を重ねました」。 日本で出版されたばかりの同書だが、早くも反響が大きいという。 「翻訳の技術を褒められるより『この本良かったよ』と言われるのが嬉しいんです。著者のトゥイーさんの感情が日本人読者にそのまま伝わってくれることが願いですね」。 1つの大仕事を終え、この仕事がますます楽しくなったと話す高橋さん。 「まだまだ勉強することはたくさんありますが、これが私の天職かなって最近思うんです。べトナム人と日本人、言葉が通じなくともお互いが理解しあえるように、これからも間に立って、両国の人々を繋げる手助けをしていきたいですね」。 (2008年11月号 | 2008年11月24日 月曜日 15:07JST更新) |
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