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「ベトナムは、ただ旅の寄り道地点。それまで訪れた場所と違って、掴みどころがなく、最初はよく分からない国という印象でした。でも、そのままじゃ悔しいと思い、滞在期間を伸ばしているうちに、『漆』に出会ったんです」。 ついでに訪れただけのベトナムの地で、運命の糸にたぐり寄せられるかのように漆と出会い、今ではベトナムの天然漆を使った漆画家として、幅広い活躍を見せる安藤彩英子さん。 「最初は、工芸品としての漆の技法を学ぼうと考えていたんですよ。でも、知り合いが案内してくれた工房は漆画家さんのところばかり。正直、当時のベトナムの漆画は色も暗く古典的で、あまり興味が沸かなかったんです。でも、とりあえず先生に技法だけ教わり、自分の思うように絵を描いてみたら、意外と自分好みの絵が描けるんだとわかって。それからはもう漆画に夢中になりました」。 1996年に現代漆画作家のチン・トゥアン(Trinh Tuan)氏に弟子入り。翌97年には、より職人的な漆の世界を学ぶため、伝統漆職人であるゾアン・チー・チュン(Doan Chi Trung)氏の工房で修行を始めた。その後、日本、ベトナムの各都市で開催された展覧会に出展する傍ら、ハノイにて3回の個展を開催。2004年には、漆画ギャラリー兼教室のカイソン(CAY SON)を設立するなど、精力的に活動してきた。しかし、漆画の何がそんなに彼女を魅了するのだろうか。 「天然漆の漆画は、油絵などを描く画法と全く違い、様々な色の漆、卵の殻や貝殻、金箔などを幾層にも塗り重ね、それを上から研ぎだして作るんです。私はそうして出来上がった漆画の質感が堪らなく好きなんです。繊細な表現が出来て深みがあって、色も見る角度で違ってきます。しかもこれらは作品の写真からは絶対にわからない。本物を直に見ないと本当に楽しめない芸術が、漆画なんです」。 しかし、そんな漆画も、誤解を招いていることがあるという。 「紛らわしいことに、ベトナムでは人工漆のことを『ソン・ニャット(Son Nhat 日本の漆)』と呼びます。昔、人工漆を日本から輸入していたためなんです。日本人は普通、日本の漆と聞くと天然漆と誤解してしまいますが、制作方法も出来上がりも違う別のもの。人工漆の漆画と了解した上で購入するならともかく、天然漆による漆画と誤解したまま購入するのは、トラブルの元なので注意が必要です」。 そこで彼女はこれまで漆画教室を主宰したり、各種メディアを通して広報活動を行ったりと、より多くの人にベトナム漆の素晴らしさを知ってもらおうと努力してきた。だが最近では、彼女の中ですこしづつ変化が起きているという。 「今までのような活動も、もちろん大事。でもこれからは、もっと自分の作品を作る時間を割いていきたいと考えています。なんだか、言葉で伝えるよりも私の作品を見てもらったほうが、ベトナムの天然漆やそれを使った漆画の良さ、違いを伝えられる気がするんです」。 塗り重ねられた漆の層から、研ぐことで地層の断面のように絵が現れる漆画。それと同じく、これまで積み重ねてきた彼女の努力が、ベトナム天然漆の素晴らしさを伝える一筋の光になってくれることを、願わずにはいられない。 (2007年8月号/2007年8月13日 月曜日 10:45 JST更新) |
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