鈴木哲弥さん
(洋菓子店「ポエム」オーナー)
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日本人にもベトナム人にも、
みんなに愛されるケーキを作りたい。
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プロフィール
鈴木哲弥 すずきてつや
1947年生まれ、千葉県出身。お菓子を作って40年。1992年に日越初の合弁企業である洋菓子屋の立ち上げのために来越。途中紆余曲折あるも、ベトナム人に人気のケーキチェーンとして成功を収め、2005年に同会社を退職。その後、独立し「ポエム」をオープンする。現在ハノイに3店舗展開。
Web: www.poemecake.com
Email: poeme.cake@gmail.com
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「日本人にもおいしいと認めてもらえるケーキを作りたい」。
ベトナムで、こだわりのケーキを手頃な値段で製造・販売する洋菓子店「ポエム Poeme」。そのオーナーである鈴木哲弥さんが、日越の合弁企業であるケーキチェーンを軌道に乗せた後に掲げた目標は、自分の店でベトナム人だけでなく、味に厳しい在住日本人の舌をも満足させるケーキを作ることだった。
「一番大変なのは、美味しいケーキをいかに原価を抑えて作るか。そして、品質の安定した材料の調達が困難なベトナムで、品質の違う材料を使っていかに同じ味を作り出すか、ということなんです」。
味を追求すればどうしても良質な原料が必要となり、原価が上がってしまう。しかし、日本ではそれが500円で売れるとしても、ベトナムでその値段では客がつかない。また、ベトナムで手に入る材料は、時期によって同じものでも品質が全く違う。そのため、材料をそのまま使うと、味の違うケーキが出来上がってしまい、舌が敏感な日本人客はすぐに味の変化に気づくのだ。そこで鈴木さんは常にレシピを工夫し、中には原価割れする商品も置きつつも、品質が異なる材料からでも安定した味のケーキを作り出さすことに全力を尽くしているという。
「もちろんそうした努力は日本人客のためだけではありません。例えばベトナム人客が最初にポエムを訪れるのは、前の会社の評判と、今のお店が日本人や韓国人などの外国人に人気だというステータスから。でも、ポエムのケーキはベトナム人が食べ慣れたケーキとは味が違う。文句を言ってくる人もいる。決して『美味しい』とはならないんです。ベトナム人は新しいものを試すのは好きですが、違う味を受け入れるのには時間がかかるんですよ」。
以前は約300人もの社員を抱える会社を切り盛りしていた鈴木さん。これまでにも様々な場面で文化の違いを感じてきたという。
「ベトナムにはまだ実力主義が浸透していないんです。前の会社でも、学歴がないけれど真面目できちんと仕事をする人材を引っ張り上げたら、最初はすごい反発がありました。しかし、時間かたつとみんな分かってきたんです。それが良かったんだと。だからそれと同じように、私はケーキでベトナムの味の文化を変えたいんです」。
そうした感覚の違いを乗り越えるために何が必要か、との問いに鈴木さんは「時間。最善を尽くしてひたすら待つこと」と答えてくれた。彼は現在、その時間を見越してポエムの経営計画を立てている。創業から2年、徐々にではあるが、ポエムのケーキがベトナム人の間でも、他のお店とは違う「美味しいケーキ」として浸透してきたという。しかもステータスだけでなく、味を求めて「あのケーキありますか?」と事前に電話を掛けてくるようになったほどだ。
「店を増やしてほしいとの声もありますが、少ない店舗でこだわり続けて、遠くからでもお客様が来てくれるようなお店にしたいんです。そして出来たらお店のスペースをもう少し広くしてカフェを増設したり、ケーキの種類も増やしていければいいですね」。
たったひとつのケーキからも、ベトナムと日本の違いをその身で感じてきた鈴木さん。そんな彼の向こうから、今日も甘い香りがほんのりと漂ってきていた。
(2007年6月号/2007年6月22日 金曜日 11:02 JST更新) |