関谷 聡さん(Hue Foods Company製造部技術部長)
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酒造りも人造りも我慢、我慢。
ベトナム人が自ら考え、
彼らだけで造り上げられるように。 |
プロフィール
[せきや さとる]
1954年、京都府生まれ。東京農業大学醸造学科卒業後、京都の清酒メーカーに20年間勤務。2002年に「フエフーズカンパニー Hue Foods Company」の技術部長として渡越。南国での日本酒製造に携わり、2005年春、ベトナム初の純米大吟醸「娘薫」を発表。
Web Siteはこちら http://www.saita-hd.co.jp/hue-j/ |
杜氏(とうじ)という職業をご存知だろうか。酒を造る酒造技能者の長、つまり品質への責任と技術者の統括、そして酒造現場の管理を担う、酒造りの匠のことだ。そして現在、ベトナムの地で酒造りに精を注ぐ1人の杜氏がいる。ベトナム産純米酒「越の一」を製造販売する「フエフーズカンパニー」の関谷聡さん、その人である。
「酒造りって、イメージなんです。この米で、麹で、温度で、こんな酒を造ろうとまず想像する。そして、酒造りの条件がそのつど違う中で、そこからどうにか許容範囲に収めていく。私が来た時、会社は既にお酒を造っていました。でもボタンを掛け違えたような、全然違うことをしていたんです。」
日本では、「一麹、二(もと/麹と蒸し米と水で酵母を培養したもの)、三仕込」と言われ、酒造りにおいて麹と 造りが最も重要な過程とされている。
「とはいえ発酵し、酒を造るのは酵母。人間は麹を作り、酵母が育つ環境を整えるだけ。でも、だからこそ酵母を知らないと何もできない。例えば焼酎と日本酒では酵母が違い、酵母が違えば発酵の温度帯も違う。でもベトナム人スタッフは、そうした理論から学んでいなかったので、酒造りを完全に理解していなかったんです。」
関谷さんは1人の杜氏の下、日本の厳しい徒弟制度の中で酒造りを学んだ。しかし、ろ過の方法からタンクの容量計算方法まで何も教えてもらえず、全てがみようみまね。ようやく杜氏と一緒に働かせてもらえるようになったのは、入社5年を過ぎた頃からという。
「一番大切な麹造りからして、ベトナム人のやり方は、全く理論から外れていました。でもこれが『既に酒造りを知っている』と思い込んでいるスタッフに伝わらない。だから『先ずイメージしてみて。このお酒を造るのに、今していることは違うんじゃない?』と、そこからのスタートでした。」
酒造りに欠かせない麹菌だが、ベトナムのような高温下ではすぐに死んでしまう。会社には冷蔵施設も整っていたが、肝心の造り手の理解が乏しい。そのため不完全な麹しか作れなかったスタッフに、彼は1から酒造りを教えていった。
「自分で盗んで覚え、考え、理解する昔ながらの上下関係は、もちろん厳しい。でも自分で掴んだものはいつまでも残るんです。年間100本造って満足するものが1、2本あれば御の字。そして毎年、その1、2本を終わりなく求めるのが酒造りの世界。教える方も教わるほうも、共に我慢なんですよ。」
とは言うものの、ベトナムでの酒造りを語る彼の顔に陰りはない。
「まだ長い道のりですが、皆、確実に育っています。杜氏の考えを理解し、一言で全員が動けるようになれば、ここでもきっと凄い製品ができる。酒造りで大切なのは、米、水、酵母に温度帯、そして造り手の情熱。ベトナム人に厳しい仕事ぶりを求めるのは難しいと言われますが、我々の酒造りから浸透していけばいいと、今ではスタッフの皆も思っています。」
(2005年12月号/2005年12月23日 金曜日 8:04JST更新)
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