由布木一平さん(演出家)
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常夏のベトナムに
熱い思いのこもった
雪を降らせます |
プロフィール
ゆうきいっぺい 1933年東京生まれ。新演劇研究所、劇団新演、東京芸術座を経て、1970年劇団埼芸を創立。同劇団の公演を中心に、演出家として数々の舞台を手がける他、朗読劇の講師も務める。現在、劇団埼芸文芸演出部および日本演出家協会理事。 |
「そこは激しく感情を込めて! そう、もっとメリハリをつけよう」「舞台の縁に近づき過ぎない! そんなに前に出たら観客が不安になるぞ」
俳優達の周りを動きながら、休む間もなく厳しい口調の指示が飛ぶ。
ここは、来年2月に公演を控えたお芝居『夕鶴』の稽古場。指導をしているのは、演出家の由布木一平さんだ。『夕鶴』は、誰もが知っている佐渡の民話『鶴の恩返し』を、木下順二氏が戯曲化した名作。由布木さんが、そのベトナム公演を思い立ったのは、2002年11月の初訪越の時だ。
「ここの人々の純粋さにいたく感じ入ってね。演劇人として何かやりたいと考え、思いついたのが『夕鶴』でした。しかし、日本の劇団が来て芝居を見せるのでは一過性のイベントに終わってしまう。そこで、俳優はベトナム人を起用してベトナム語で演じ、演出などのスタッフは日本人という、2か国のコラボレーションで公演をしようと考えたんです」
帰国した由布木さんは、さっそく動き出した。先ず作者の木下順二氏から翻訳上演許可をもらう。それから再びベトナムを訪れ、台本のベトナム語版を入手。公演する劇場、俳優さん、裏方さんに関しては、ホーチミン市演劇映画高等専門学校が、パートナーとして全面的に協力してくれることになった。
だが、ここで障害に突き当たる。それは費用。由布木さん自身はすべてノーギャラのつもりだったが、それ以外にもスタッフのギャラ、渡航費、公演中の滞在費など、少なくないお金がかかる。ところが後援を依頼していた文化庁や企業からは、1つも色好い返事がもらえなかったのだ。
「それでもベトナムで『夕鶴』をやりたかった。だから費用は自腹を切ることにしたんです」
そんな熱意にプロの舞台人の心意気が動く。由布木さんの仲間達が、次々と「ノーギャラで仕事を引き受けるよ」と申し出てくれたのだ。
こうして、由布木さんは11月1日からホーチミン市に入り、公演に向けての最終準備や稽古に、忙しい日々を送っている。いざ稽古に入ると、越日、お互いに戸惑うことも多い。例えば『夕鶴』の中には雪が出て来る。雪を知らない俳優達にその冷たさを体で分かってもらうため、氷の上を歩かせるというような練習もあるのだそうだ。
「この公演が終わったら、ベトナムと日本の演劇センターを両国に作り、協力関係を継続して行きたいと思っています。パートナーの校長先生とは、『将来的にはベトナムの劇団の日本公演もやりたいですねえ』と話をしています」
ベトナムと日本の舞台人達の熱い思いを乗せて、2月20日、『夕鶴』の舞台に雪が降る。
(2005年1月号/2005年1月31日 月曜日 14:54更新) |