あまり評判にはなっていないようだけれど、ベトナムのマッサージはなかなかのもんだと思う。 マッサージ屋では、施術師を選ばせてくれるところがいい。といって見た目だけで女性を選んでも意味はない。私は「出会い」ではなく「マッサージ」を期待しているのだから。かといって腕っぷしの太いおばちゃんや男性も、私からすれば違う。 できれば小鳥のような女性が望ましい。身体は小さくて、指が細く長い人。
私の背中はかつて揉んでくれた大阪のおばちゃんが 「アンタの背中には鉄板が入っとる!」 と悲鳴を上げたくらいだから、いまさら腕で押してもウンともスンともいわない。それよりも一気に背中に飛び乗っていただき(だから施術台の天井に、掴まるための梁のような棒が渡してある店がいい)、背中を両足で踏んでもらう。トットットッと両足でリズミカルに上から下へ。背骨を中心に左右に滑らせるように。腰はつま先立ちして「グッ」と一瞬力を込めて。太股は片足でゆっくりと。だいたいここまでくると、背中の大きな強ばりがほぐれてくる。
しかるのち次は背中から降りて、細くしなやかな指を骨と骨の隙間、筋肉と筋肉の間に滑り込ませて、奥の奥にある凝りの固まりをダイレクトにほぐしていく。腕の太い人や男性だと指が太くてここまで届かないのだ。だから鳥のような女性でなければならぬ。 そのマッサージ師が優れた技の持ち主かどうか、私は彼女の最初の一手でわかる。そこからどのような手順で施術が進められていくのか。いいマッサージはストーリーがあり、物語はすべて冒頭が大事なのである。
もちろん「当たり」のマッサージ師ばかりではない。今はもう無くなったのだが、ホーチミン市のあるマッサージ屋さんは、おばちゃんがテニスウエアを着て現れた。一瞬そっち系かと身構えたが、店内はオープンフロアで、怪しい動きはない。だがおばちゃんはサービスを勘違いしていた。マッサージを受ける前にタライに張ったお湯で足を洗ってくれるのだが、私の前にしゃがんだおばちゃんは、ときどきスコートの脚をパカッと開くのである。しかもそのときちょっと自慢げにニカッと笑う。ニカッパカッ、ニカッパカッ。要らんのである。おばちゃんのスコートの奥がどうなっているのか、ちっとも興味はないのである。しかしベトナムに行くと過剰に迎合してしまう私は、そのときつい思わず、 「オー、サンキュー」 と言ってしまったのは、悔恨の痛事である。
余計なサービスといえばフットマッサージもそうだ。あれは足の裏を刺激して、痛いところがあれば内臓疾患など病気の「診断」もできるらしいのだが、そんなもん、診てもらってもしょうがないのである。知ったところ治療は別ではないか。 大阪のホテルで若い施術師のお嬢さんに足の裏を押してもらっていたとき、ある箇所に私が反応した。 「前立腺がお疲れのようですね」 それ、どういうことと訊ねると、彼女は恥ずかしそうに、 「性欲減退とか……」 「ああ……」 天井を仰ぐ私。そんなもん、とっくに自覚症状がある。改めて教えてもらわなくてもいい。しかも足裏で判断するのは日本だけではない。 バンコクのフットマッサージ屋さんのおばちゃんは太っていて、無口な人だった。こっちが「ハロー」と呼びかけてもむっつりと頷き返すだけでニコリもしない。無愛想に私の足の裏を揉んでいた。大阪と同じ箇所で私がまた反応した。するとおばちゃんはむくっと顔を上げて、分厚い手のひらで人の股間をペチペチ叩きながら、初めての日本語を喋ったのである。 「チンチン、ダメネー」 日タイ両国でダメだしをくらった我が股間であるが、幸い、ベトナムではまだそのようなことはない。それだけでも私がベトナムのマッサージを評価する所以である。
写真・文/神田憲行 かんだのりゆき ノンフィクションライター。黒田ジャーナルを経て独立。ベトナムでの日本語教師時代を綴った『ハノイの純情、サイゴンの夢』(講談社)ほか、アジア・ベトナムに関する著書多数。ベトナムと15年に渡り関わり続けてきた氏の集大成として2007年12月、『ベトナム・ストーリーズ』(河出書房新社)を刊行。
題字/黒田茂樹(楽書家・写真家) 「古民家ギャラリー いい樹なもんだ」主宰。http://www.geocities.jp/g_iikinamonda
(2008年4月号 | 2008年4月24日 木曜日 10:25 JST更新)
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