No.98 薬局
学生の頃、経理の勉強をしたんだけど就職はせず、結婚して専業主婦になったのよ。でも戦後は生活が厳しくてね、市場で化粧品を売っていたの。経理の仕事は丸1日拘束されちゃうから、子供の世話をしながらじゃきつかったしね。
そうこうしているうちに、それまでは国営だけだった薬局が個人でも開業できるようになったの。自宅は大通りに面しているし、薬局もいいなあ、と思ったのよ。
でも薬局を開くには最低1年間は学校へ行って、さらに試験も受けなきゃならない。だから化粧品を売りながら、夜間学校へ通ったのよ。それで資格を取って薬局を開いたけれど、自分の名義にするにはさらに大学で4年間勉強した上に、5年以上の実務経験が必要でね。だから最初は、資格がある人に名義を借りて、店を開いたっていうわけ。
11人のスタッフでシフトを組んでいてね、中には昼間、病院で働いている人もいる。そのうち6人は2000種類以上ある薬を全部覚えているわ。スタッフそれぞれに担当の棚があって、その棚にある薬は担当者が管理するのよ。それで在庫や期限の管理をするようにしている。期限は毎週チェックして、6ヶ月を切ったものは早めに売るようにしているの。製造会社によっては3ヶ月を切ると返品できるところもあるけど、全部がそういうシステムじゃないから、ちゃんとした管理が必要なの。
新しい薬は毎週のように発売されて、その都度サプライヤーの講習会が開かれる。本当に新しい薬なら2、3人のスタッフが講習を受けるけど、名前だけが変わった場合なんかは1人だけ参加すればいいわね。講習のたびに説明書がもらえるから、後でスタッフ全員が理解できるわけ。
薬には3種類あって、普通に売っていい薬と、糖尿病や心臓病の薬など処方箋が必要なもの、それからもっと強くて常習性のある薬ね。これは病院の薬局でしか扱えないのよ。
お客さんとの間で大きな問題が起きたことはないけれど、たまにあるのは、指示された投薬の分量を守らない人がいることかな。それで、次の薬を買う時や、新しい薬に変える時に、古いのを返品したいって言われたことがある。それはお断りするけど、ちょっと険悪になったりして、嫌なものね。
薬は、人の命に関わるものだから、慎重に扱わなければならないわね。売る時に、種類や値段,副作用のことなどをちゃんと説明する必要があるわ。ベトナム製の薬を、外国製だと言って売ったり、効能が少しくらい違っても高い薬を勧めたりすることもできるけど、そういうことは絶対にしない。正しい薬を正しく理解してもらって、適正な価格で売って、ちゃんと飲んでもらう。これが薬屋の仕事だと思っているのよ。
今のところ商売も順調だし、なんと言っても人の健康に寄与する仕事だからね、誇りもあるし、このまま将来も薬局を続けて行くつもりなのよ。
文・構成=笹原亮(ジャアク商会)
イラストレーション=mik ad design
(2009年11月号/2010年1月29日 金曜日 16:30更新)
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