No.92 ピアニスト
子供の頃に学校で習う程度の音楽理論しか知らないんだけど、音楽は昔から好きだったんだ。中学校では多くの学生がギターを弾き始めていてね、それにつられて僕も安いギターでコードをかき鳴らしてた。
17歳の時、友達の家にあったピアノにひかれたんだ。暇な時間に弾かせてもらえることになって、通い詰めた。でも先生はいないから、教本だけが頼りだったね。
同じ頃にヴァイオリンも弾きだしたんだ。こっちも本を見ながらだったけど、どっちも熱心に練習したものさ。
高校を卒業してからは軍隊に入って、1975年までホーチミン市に駐留した。ベトナム戦争が終わって、ホーチミン市の学校で1年ちょっとヴァイオリンを習ってね、それから故郷のニャチャン(Nha Trang)に戻ったのさ。
地元では高校や自宅でヴァイオリンを教え始めた。そのうちに政府がニャチャンのホテルで演奏する人を探してる、って聞いて応募したのさ。ニャチャンのホテルで1年くらい、ピアノとヴァイオリンを演奏していたら、今度はホーチミン市の友人が誘ってくれてね、 ホーチミン市のホテルで一緒に演奏することになった。彼がヴァイオリンで僕がギターを弾いたり、彼が休みの日には僕がヴァイオリンで、別の人がギターを弾いたりしていたんだ。
その演奏を聴いてくれたダラット(Da Lat)のホテルのフランス人マネージャーにスカウトされて、1995年からずっとダラットのホテルでピアノを演奏しているんだ。
仕事は毎晩7時から10時までレストランで演奏すること。途中休憩してもいいんだけど、緊張感が途切れるのがいやで、ずっと演奏している。月曜日だけは他の人に変わってもらって休みだけどね。
リクエストにはできる限り応えて、楽しい食事の時間を過ごしてもらえるように心がけているよ。中にはチップをくれる人もいるから、やりがいがあるね。
クラシック、ポップス、ジャズ、ベトナムの歌など、100曲以上のレパートリーがあるんだ。僕は目が悪くて細かい譜面が見えないから、全部暗譜している。それでも中には忘れちゃう曲もあるからね、毎月10曲くらいは新しい曲を覚えたり、忘れた曲を暗譜し直したりしているんだよ。
家には電子ピアノがあるから、昼間は家でピアノとヴァイオリンを教えている。生徒は20人くらいで、1日5、6人のペースで教えているんだよ。ほとんどは子供だけれど、中には大人もいる。
今まで教えた生徒の中に、プロになった人が3人いるんだ。2人はフランスのオーケストラでヴァイオリンを弾いていて、あとのひとりはカフェなどで演奏しているんだよ。
家族がニャチャンにいるからね、将来は地元に帰りたいと思っているんだ。そこで小さな音楽学校を開いて、たくさんの人に音楽の楽しさを伝えたいと思っているんだよ。
文・構成=笹原亮(ジャアク商会)
イラストレーション=mik ad design
(2009年5月号/2009年5月20日 水曜日 15:46更新)
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