| バインコット屋

 ダラット(Da Lat)で生まれ育って、学校を出てからはホテルのバーでバーテンダーをやってたんだ。それからホーチミン市に出て、ホテルで約8年仕事をしたんだけど、 家族が住んでるダラットに戻りたくてね。それで地元で自分でレストランを開いたんだ。
 
 初めの4年間は、普通のベトナム料理屋をやってたんだけど、やっぱり何か「売り」が必要だろ? それで、バインコット(Banh Khot)はどうかと思いついたのさ。
 
 実は親戚が本場ヴンタウ(Vung Tau)でバインコット屋をやってるんだ。すごく流行ってるのは知ってたからね、おばあちゃんに頼んで指導に来てもらって、1ヶ月くらいあれこれ教えてもらってから、メニューに加えたのさ。
 
 日本のたこ焼きに似てるって言う人がいるけど、たこ焼きっていうのはひっくり返すんだろ? バインコットはひっくり返さずに蓋をして作るんだ。ウチは1個ずつ蓋をして焼くスタイルだよ。
 
 材料はヴンタウから直送さ。バインコット屋はダラットではここだけだから、よく売れるよ。だけど専門店にはしなかったんだ。なにしろここは観光地だから団体客が多い。いろんな人がそれぞれ好きなものを注文できるように、品数は多い方がいいのさ。
 
 
 朝は麺類やコムタム(Com Tam)が売れ筋だね。それはそれで結構忙しいよ。昼から夜にかけてはバインコット、夏休みや旧正月なんかの観光シーズンになると、1日に200皿くらい売れることもあるね。
 
 食べ物はなんでもそうだけど、いつも同じ味で出すことが大事だと思うよ。これは家内の担当でね、毎日自ら仕込みをして、味が変わらないように気をつけているんだ。
あとは清潔なことだね。いくら美味しくても、汚い店じゃあだめ。だからスタッフそれぞれに担当の清掃場所を決めてある。汚いところは誰の担当かすぐに分かるから、手を抜けないってわけさ。
  
 今ではスタッフも慣れて、間違うことも少なくなったけど、最初は大変だったね。メニューによって付け合わせが違うから、ちゃんと覚えないとどれを出せばいいか分からなくなっちゃう。間違ったらすぐに謝りに行って、時には無料にしたり、気が抜けなかったよ。 
 いいスタッフを得るのは、田舎では特に大変なんだ。気の利いた人はすぐにホーチミン市などに出ちゃうし、他店に移ることも多いしね。だからいいスタッフにはいい給料を払うようにしてるけど、それでもやめることがある。約20人いるスタッフの中で、オープン当初から今も働いているのは4、5人だけだね。
 
  今後は、メニューをもっと増やそうと思っているんだ。時々、フォー(Pho)やバインセオ(Banh Xeo)なんかの要望もあるから加えていきたいね。それからニャチャン(Nha Trang)に支店を出したい。これはすぐにはできないかもしれないけど、まだバインコット屋がないから、早い方がいいと思っているんだよ。 文・構成=笹原亮(ジャアク商会)イラストレーション=mik ad design
 (2008年11月号/ 2008年11月3日 月曜日   15:18 更新) |