両替所
この店は元々、自分の家でね。戦争が終わってすっかり寂れちゃったホーチミン市のドンコイ(Dong Khoi)通り周辺も、1980年頃には少しずつにぎやかになってきたんだ。外国人も行き来するようになったしね。だから1986年に土産物屋を開いたんだよ。
最初の頃は象牙製品なんかを主に扱ってたけど、ワシントン条約で規制されちゃったから、今じゃあ漆製品が中心だね。
外国人客が増えるに従って、店でお土産を選んでから「両替所はどこですか?」って、わざわざ外に出て行くお客が目立つようになってね、両替所を併設できたらいいなあ、って思ったのさ。
だけど両替所っていうのは、やたらと開けるわけじゃない。銀行の代理窓口って形をとらなきゃいけないから、審査がすごく厳しいんだ。いろいろ審査があってね、なんとか許可が下りたのが3年前。もっとも両替所は別の人が責任者になってるから、あたしは運営管理だけやってるんだよ。
お金を扱う仕事だからね、まずは身元のはっきりした、しっかりしたスタッフを捜す。言うのは簡単だけど、これが一番大変だね。それから警備員も雇わなきゃいけないし。
そうやって体制が整ったら、銀行から専門家が来て、いろいろと教えてくれる。お金の管理の仕方や、お客にお金を渡すときの注意、偽札の見分け方、クレジットカードの扱い方。今じゃあトラベラーズチェックも扱うから、サインの見方とか、必ずパスポートのサインと見比べなきゃいけない、とかね。
偽札ったって、アメリカドルだけじゃないからねえ。10カ国以上の外貨が両替できるから、それら全ての国の全部の札を覚えなきゃいけない。日頃見慣れないお札ばかりだからね、これだけでも苦労したよ。それからウエスタンユニオンの送金も扱ってるから、その細かい手続き方法とか、そりゃあもう、いろいろあるのさ。そんなことを勉強して、みんながちゃんとできるようになって、やっと商売開始、長い道のりだよね。
そんな風にして、やっと両替所を始めたけど、両替は小さな商売だからね、あんまり儲からないよ。でも、土産物屋のお客にとっては便利になったし、両替に来てお土産を買っていく人もいるし、全体的に見ればやってよかったと思ってるんだ。
お客は毎日何人も来るよ。店は夜8時まで開けてるし、日曜日もやってるから、銀行の窓口よりも便利だろう?両替に来たら、必ず店の奥でレートをチェックしておくれ。店の前にある電光掲示のレートは、新聞なんかに発表される公式レート。だからどこの両替所でも同じだけど、店の中にはウチが代理店になっている銀行独自のレート表があるんだ。毎日、銀行から指示があるんだよ。表のレートよりいいからね、遠慮しないで聞いてほしい。
文・構成=笹原亮(ジャアク商会)
イラストレーション=mik ad design
(2007年8月号/2007年8月22日 水曜日 10:18 JST更新) |