すし職人
らっしゃい! 今日はマグロのいいのが入ってるよ。わたしゃ、この道13年、チャキチャキのサイゴンっ子。だからうちのすしはサイゴン前だよ。13年前に見つけた仕事がホテルの日本食屋。大将にいきなりすしをにぎれって言われて戸惑ったよ。だってすしなんて見るのも初めて。もちろん食べたことはない。
生魚だろ、最初は恐る恐る食べてみた。なんだか不思議なモノを食べたなってのが正直なところさ。それから何回か食べてたら、ある日旨いと感じたね。すしをにぎるのは、簡単に見えた。だけどやってみたら難しいんだ。いろいろと細かいことを、ひとつずつ覚えていかなきゃならない。一通り覚えて分ったけど、一番難しいのはシャリのにぎりだね。未だに一番難しいと思うよ。
昔は日本人のお客さんばかりだったけど、だんだん欧米人が増えてきた。今のハイバーチュン通り沿いの店に移ってからは、ベトナム人のお客さんも多くなったよ。ベトナムでもすしがポピュラーになってきたんだなって思うね。すしで一番大切なのはネタの鮮度だね。ネタの半分くらいはベトナムの魚で、こいつらを絞めてすぐどうやって新鮮なまま保存するか。なるべく水を使わないでラップするとか、いろいろ工夫している。幸いこの店には先輩がいたから、二人で旨いすしをにぎるように切磋琢磨しているよ。
休みは毎週日曜日。子供が1歳になったばかりで、最近はあまり出歩けないけど、以前はよく女房と食べ歩きをしたもんだ。たまには他のすし屋にも行った。日本人がにぎっている店もあるし、盛り付けやシャリの味が気になるポイントだね。13年で給料は6倍になったよ。でも贅沢はしない。だって日本に修行にも行きたいし、将来店も持ちたいから
文・構成=笹原亮(ジャアク商会)
(ベトナムスケッチ2004年4月号) |