ベトナムの日本人/井浦あすかさん/日本語教師

未来が広がる学生たちに居合を通して、 日本文化と心の成長を伝えたい

文・撮影/杉田憲昭 IMG_5699 艶やかな鞘に手を添えた瞬間、周囲は凜とした空気に包まれた。朗らかな笑顔から、力強いまなざしに。まぶしい南国の日差しに黒い袴が映える井浦あすかさん。ホーチミン市師範大学の日本語学部で教べんを執り、生徒に居合道も教える日本語教師だ。 「ベトナムの記念日である『先生の日』に、演武を行ったことがきっかけで、居合を教えることになりました。大半が日本語学部の生徒なので、もともと日本への興味は強いのですが、居合は桜・侍・富士山など、日本のイメージにもぴったり合っていたのだと思います。驚いたのは、強さや格好良さだけの反応を想像していたのに、『キレイ』と言われたこと。刀など見た目の強さだけでなく、居合が持つ日本文化の美しさが伝わったことは、とてもうれしく感じました」。   井浦さんが居合道と出会ったのは中学生の頃。剣道を学ぶ弟の影響から偶然見る機会を得た居合にひと目で、心を奪われたという。また初めて海外へ旅行し、日本と異なる文化に触れたのもその頃。海外の人々が日本文化に強い興味を持つことを知り、日本文化を深く知りたいと居合の世界に飛び込んだ。 「相手との立ち合いがあって初めて成り立つ剣道と違い、居合はひとりで行います。とくに型が重要とされていて、仮想の敵をイメージして行いますが、その目的は人間形成。敵が抜かない場合はこちらも納めるといった平常心や謙虚さを学び、戦わないことを最上とするものなんです」。   井浦さんの居合指導は現在、日本語学部の生徒や教員の家族を中心に、自主活動として週1回のペースで行われている。2013年の3月から本格的に開始して以来、ひとりも欠けることなく続けられ、最近では生徒による演武も行えるようになってきた。 「心とからだを鍛えることで、学業をはじめとした他の事も頑張ることができる。また居合の型や服装、礼儀作法にどのような意味があるのかなど、日本文化も同時に学ぶことができます。 言葉ではなく、動きや体験を通じて学べるのが武道。刀や袴、道場など、設備面での不備はたくさんありますが、今私ができることをできる範囲で伝えていきたい。そして、それぞれに夢を持った大学生活や、人としての成長に少しでも役に立てればと思っています」。   日本への留学や日系企業への就職を目指す学生たちに、日本語だけでなく、居合を通じて日本文化を知るきっかけを作りたいという井浦さん。日本とベトナムとのより深いつながりを、ベトナムの地から応援する彼女の想いは、学生たちの心にゆっくりと今、根を下ろしつつある。
井浦あすか いうらあすか 1989年、埼玉県生まれ。筑波大学日本語・日本文化学類専攻。大学卒業後、ホーチミン市師範大学日本語学部の日本語教師として2012年11月に渡越。講義の傍ら、日本でたしなんできた夢想神伝流居合を学生に指導している。
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